2005年11月アーカイブ

標識変遷 山頂別

-----------------

標識変遷 山頂別 

------------------


★標識の写真

ここ10年間くらいの 頂上の山頂標識の写真を 見比べてみると、たった10年でも ながく 山頂にある 標識はないことがわかります。
山頂では 厳しい風雨雪 に晒されて、標識など すぐ朽ちていくもののようです。

標識変遷


★天狗塚(1812)

19961005teng320.jpg
平成8年

19981025teng-320.jpg
平成10年

19990227teng-320.jpg
平成11年

tengutukasanchou_20100401200305.jpg
平成十二年 こんな標識がありました

tengutukasanchou-2001_20100401200347.jpg
平成13年倒れていました

tengutuka-2001-10_20100401200425.jpg
平成十三年十月 旗が立っていました

tengutuka-2004-08-14_20100401200532.jpg
平成十六年八月十四日

2005-0724-teng_085_20100401200604.jpg
平成17年7月 また新しい山頂標識


★西熊山 (1815m)山頂

nishkuma1997mar-320.jpg
平成9年西熊山 標識は壊れていたが

19981025nishikuma-320.jpg
平成10年 直っていた

2000-0624-3240_20100402025300.jpg
平成十二年には真新しい標識も

nisikuma-2001-2_20100402025452.jpg
翌平成十三年 色褪せ

nisikuma-2001.jpg
更に 風雪に刻まれ

nisikuma-2004-08-14.jpg
平成十六年 貫禄が出てきました

2005-10-22-13-30-nishikuma-.jpg
西熊山山頂付近に標柱だけ残った標識だがそれなりの役割は十分果たしている。

2007-05-03-nishikuma320_065.jpg
平成19年5月 新しい 標識


★天狗峠

19961005izari320.jpg
平成8年10月

izari19990227-320.jpg
平成11年2月

tengutouge_20100402030713.jpg
石の立派な私製標識が設置されたが

tengutouge2001_20100402030741.jpg
一年後はこんな具合になり 今では跡形もなくなっています

2006-06-24-09-17-480_053.jpg
平成18年6月24日撮影 天狗峠の新しい標識


三嶺 (1893m)

199703miune-320.jpg
平成9年3月三嶺山頂

mimunesanchou-2001.jpg
平成13年ステンレスの標識もその後ない

miune-2004-08-14.jpg
平成16年 すっきりしたが

2005-10-30-11-23-miune-sanc_20100402031847.jpg
平成17年秋新しい私製標識ができていた、
裏面には ギッシリと自己PRが書かれていた。
要するに 落書きと 全く一緒だ。

2007-05-03-mimune320_085.jpg
平成19年 5月 新しい標識

2008-06-07-mimune_0254.jpg
平成20年6月 すでに 色あせてきた


★三嶺ヒュッテ

19990314miune-koya-320.jpg
平成11年3月 壊れる前の三嶺ヒュッテ
この時 壁がめくれていた。

19990314miune-koya-2-320.jpg
内部

2005-10-01-09-45-mimunekoya.jpg
平成17年10月1日建替後の三嶺ヒュッテ

2005-10-01-09-46-mimunekoya.jpg
平成17年10月1日内部


★高ノ瀬 (1741m)

19990320kounose-320.jpg
平成11年3月 高ノ瀬山標識

2005-10-09-07-40-kounose-028.jpg
平成17年 高ノ瀬(1740.8m)の山頂


★三嶺いやしの温泉郷間 1791標高点捲き道 南側標識


20030726-320_6941.jpg
平成15年7月26日

2005-07-30-16-19-320_153.jpg
平成17年7月30日 

2006-09-16-13-40-320_056.jpg
平成18年9月16日

20060916-10-10.jpg

平成21年 頃からは 捲き道は廃れ 1791m標高点経由のほうに移った。


★三嶺いやしの温泉郷間 1791標高点捲き道 北側標識

2005-08-06-14-40-320_169.jpg
平成17年8月6日
2006-05-14-14-48-320_145.jpg
平成18年5月14日 

2006-09-16-13-51-320_057.jpg
平成18年9月16日

20060916-10-10_20100402034531.jpg
平成21年 頃からは 捲き道は廃れ 1791m標高点経由のほうに移った。

この付近は冬季 雪が深い。多分 積雪の重みが腕木式の標識を壊したのではないかと想像します。


★三嶺いやしの温泉郷間 標識

2006-09-16-14-53-320_066.jpg
平成18年9月16日

20060916-10-20.jpg
この位置は標高も低い(標高1240mくらい)ので冬季でも積雪量は少なく 腕木の破損がなかったのではと想像します。


多雪地では柱状の方が積雪には強い。
 積雪地の山岳案内標識で
http://www.iwakisan.jp/tozandou/hyoushiki/05111801/

http://www.iwakisan.jp/tozandou/hyoushiki/05111801/pages/05111802.html


★自己顕示


「テープを含めて、私製のあらずもがなのの指導標には、私は自己顕示の臭みを感じて好きにはなれない。山は登らせてもらったことを感謝し、なにも残さずにそっとたち去るのが本当ではないだろうか。」

   横山厚夫 「低山を歩く」1995年6月 山と溪谷社


標識変遷 山頂別

標識変遷


平成17年11月23日 第一版
平成20年6月25日 更新


昭和38年夏 はじめての剣山

★昭和38年夏 はじめての剣山登山の記録

整理していたら かなり 古い記録が 出てきました。

昭和38年(1963年)夏、 はじめての剣山 登山記録です。
コースは コリトリ 一の森 剣山 見ノ越 夫婦池 剣橋でした。
写真は モノクロです。


1-1963turugisan-11.jpg
接続が悪いため 穴吹駅始発のバスに乗るためには 前日 穴吹へ行っておかなくてはならなかった。
前夜 穴吹駅近くの 吉野川の河原でキャンプ。
蚊が多く 寝られなかった。

2-1963turugisan-16.jpg
始発のバスに乗る。
穴吹川に沿って 走るバスの車窓から、途中の看板。今でも この病院の看板は見かけます。

バスは工事中のところで 何度か 停車する。

3-1963turugisan-12.jpg
とうとう 工事中とかで 結局 終点までは行けず、 バスを 降りたところ。
旧木屋平村 谷口 集落か? ここから歩く。

山奥であり、道路の舗装はないが、 民家の家々も 何となく、活気を感じられた。
当時 山村が 林業を主に 全体にわたって 活気を持っていた。

後日 調査したところ 美馬市木屋平 の「滝の宮」バス停と判明した。

45年後の「滝の宮」バス停

4-1963turugisan-10.jpg
延々と 長い林道を歩いて やっと着いたら 、後発のバスが ゆっくり登ってきた。川上付近か?

5-1963turugisan-13.jpg
コリトリ橋 ここから登る。朱色をした橋だった。

6-1963turugisan-15.jpg
剣山山頂の測候所。
測候所の方と 玄関で顔を合わせ 挨拶したのを いまでも覚えています。

7-1963turugisan-14.jpg
平家の馬場から剣山山頂を見る。

貞光側へ下山し 剣橋まで歩いた。
貞光までバスに乗り、貞光駅から国鉄に乗る。


42年前と 現在と 変化したと思うこと。

■1 交通機関の発達

いまでは 山村でも 道は良くなり 舗装道路になりました。

登山のアプローチに自家用車を使えば わずかな時間で 標高の高い登山口まで 行くことができます。
1日で 軽く 日帰り登山ができます。わざわざ 始発バスに乗るために 前日 夕方 バス始発駅周辺で 泊まることなど 必要ありません。

昔は 林道などないので 下の登山口から 歩きました。登山のアプローチで 前後に歩く距離は 今の比でありません。

昔の人の方が よく歩いたとは その通りです。 

昔の人の方が良く歩いた

■2 山村

交通機関が不便だったころの方が 山村自体は 活気がみなぎっていました。
主力の林業 が 活況だったし、人口も多く 山村が 自立できていたのでした。

今 道が良くなりましたが 若い人は 村外へ 出て行き、 人口は激減し 、廃屋が目につき 山村は寂れてしまいました。 

■3 登山者

その頃の登山者は 若い人が多かったと 記憶しています。

私も 当時は 幼い年齢でした。

今 山で出会うのは 中高年ばかりです。私も その中高年となってしまいました。

山歩きは 中高年主体になってしまいました。
時代の移り変わりを感じます。


昭和38年夏 はじめての剣山

2005年11月20日 第1版制作
2008年6月8日 更新



昭和38年夏はじめての剣山
「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山
Copyright(c) 2002-2008  趣深山 All Rights Reserved

山頂への こだわり

山頂への こだわり
 山頂での登山者の 滞留時間は 気象条件に左右される。

人気のある山の山頂では 秋山シーズンの天気の良い週末など、大勢の登山者で賑わう。

山頂での 登山者の山頂での平均的な滞留時間は、一般的にいえば天候、
こまかくいえば 雨 風 雪 ガス、気温 日差し 風速 眺望など 色々な条件で変化があるようだ。

なかでも 同じ天気だと 山頂での気温が高いか 低いかは、とても 大きな要素のようだ。

平成17年10月30日三嶺山頂 「7.1度 3-5m 南風 晴れ 剣山 次郎笈など 視界良好。 じっとしていると やや寒い」 

平成17年11月5日三嶺山頂「 11.2度 2-3m 先週に比べ 暖かいので 山頂に滞留する人が多く 賑わっている。」

三〇日と五日は、 三嶺山頂では、同じくらいの数の人々で 賑わっていたが、

気温が低いと、
山頂で滞留する人は、みんな すぐ山頂を離れ、入れ替わりが頻繁にある。

気温が高いと、
山頂でゆっくり食事をしたり眺望を楽しんだりして
山頂で長時間滞留するようになり そさくさと下山する人が少なくなり、
入れ込みの分だけ 人が多くなり、 とたん 瞬間的に 山頂は 更に大勢の人で賑わっているように見える。

1-2005-10-30-11-23-miune-sanc.jpg
平成17年10月30日

2-2005-11-05-10-56-miune-072.jpg
平成17年11月5日

1 それにしても 登山者は 何故 山頂に こだわるのだろうか?

どうして 山頂に登山者が溜まるのか考えてみると、
何故 登山者は山頂に  やたらと こだわるのだろうかということに 辿り着く。

たとえ 山頂への途中で もっと 良い場所があっても 少し 立ち止まるか、 あるいは ほんの一寸 腰掛けて 小休止するだけで、
 ともかく やたらと 高いところ 高いところと 山頂をめざす。
高いところに 登りたがるのは 人間の本性なのだろうか。

ともかく  登山者はやたら 高いところへ 高いところへ よって くるものだ。

確かに山頂は 登山者が山頂へ想いを抱き 憧れる場所だ。
やっと 辿り着いた  山頂は もうこれ以上 登らなくても良い 目的地の場所だということだ。

ということは 無理に山頂へ行かなくても 最終目的地をはじめから「山頂」でなく 「山麓」とすれば また違った世界がひろがるのかもしれない。


平成17年11月5日撮影
3-2005-11-05-10-56-074.jpg
平成17年11月5日撮影 三嶺山頂

4-2005-11-05-13-27-119.jpg
平成17年11月5日撮影 天狗塚山頂

2 登山者は山稜や山頂に こだわり があるが、 野生動物には こだわりがない

苦労して 雪の山稜を ラッセルしていくと クロスする形で 獣のトレースがあった。

このトレースを見ると、登山者は山稜や山頂に「こだわり」 があるが、 野生動物には こだわりがないのが分かる。

獣道は 野生動物がよく歩くところが 道になったもので、よく通う山域では 獣道を利用させてもらうことが多い。

 獣たちのトレースは 登山者と違って 無理に山稜を辿らない 無理のない歩き方をしている。

その 踏み痕を 追うことになると、いかに 登山者が 山稜や 山頂に こだわった 登りかたをしているなと つくづく感じる。

山は 大きく 広いのである。
狭い所に集中すること無く 更に発想を 豊かにして 山歩きを楽しんでいきたいと思う。

歩いたところが道になる

5-kemonomiti-9380-11.jpg


自然豊かな、三嶺にある 鞍部にできた獣道のジャンクションである。

野生動物は それぞれ違った方向からやって来て
このジャンクションをへて また それぞれ違った 方向へ 去っていく。

登山者は あくまで忠実に 山稜通しに行こうとするが、
野生動物は 鞍部を うまく通り抜ける。

6-2005-11-13-10-46-040.jpg
平成17年11月13日撮影

3 獣道から 教えてもらうこと

野生動物の踏み痕をみると、 餌場 水場 ヌタバ ねぐら 繁殖地 社交場などへの移動など など、 山野を自由に巡る動きは とても羨ましく思える。

また、険しい山稜の弱点を狙った 素晴らしいルートファインディング力や、 藪の密生地帯を避けた 合理的な 動きなど 彼らから教えられることは多い。

彼らは 基本的に 山頂とか山稜に こだわり のない動きをしていて、たまに山稜とクロスすることはあっても、 登山者のように わざわざ 遠回りして 山頂を踏んでみようという いやしい考えはない。

登山者も 山頂 、山稜への束縛を 離れて、 野生動物の動きのように 自由に 山野を 彷徨すれば もっと 山の楽しみは 広がるのではないだろうか。

7-2005-10-30-10-47-1806P_047.jpg
平成17年10月30日撮影

4 こだわりのある 「山」、 こだわりのない 「山」、 どちらも 山には 違いない

山頂をめざしていた 登山者が 途中で 引き返した場合に 登山者は、「敗退」あるいは 「撤退」という言葉をよく使う。

特に 山頂だけでなくても 困難な ルートをめざしていた場合等でも、 同様な言葉を使う。

少し おおげさに 思える この敗退という言葉を使うのを、よく 考えてみれば 敗退した 山頂 山稜 ルートとかに それだけ とくに「こだわり」があるからである。

はじめから 山頂とか 山稜に 特にこだわりが なければ 「敗退」などと いうこともないし、 
山頂に とくに こだわりもなく 、野生動物のように自由に山野を彷徨すれば 「敗退」などもないのである。


ただし 「こだわり」があるから およそ 国内外の登山も 進化してきた一面もある。
 
過去のエドワード・ウィンパーのマッターホルン登頂をはじめ、8000m峰の ヒマラヤ登山など繙いてみても、
山頂への 強い こだわり、 何回もチャレンジする 不撓不屈の精神があってこそ、 やっと 最終的に 完登出来てきたという登山の歴史がある。

こだわりのある 「山」、 こだわりのない 「山」、 どちらも 山には 違いない。

8-2004-12-30-12-18-haitai-065.jpg
平成16年12月30日撮影

敗退

山頂への こだわり

2005年11月11日 第1版制作

2005年11月14日 更新

「趣味の山歩き ますます深くなる近くの山域」 趣深山 Copyright(c) 2002-2008

HOME>よもやま話> 山頂への こだわり

http://shumiyama.com/h24/index.html
「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山
(c) 2002-2008  趣深山 All Rights Reserved
サイトポリシー
ご意見 ご感想 お問い合わせ など お待ちしてます。

このアーカイブについて

このページには、2005年11月に書かれたブログ記事が新しい順に公開されています。

前のアーカイブは2005年10月です。

次のアーカイブは2006年2月です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 6.1.2