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小島烏水講演会



小島烏水講演会
主催 日本山岳会関西支部四国同好会
平成22年10月17日 場所 徳島県立文化の森

作家・山梨県立文学舘館長 近藤信行先生 講演会

講演抄録(その1/3)

http://www.youtube.com/watch?v=voAFQWrdx-8

高松に生まれ、東京、横浜へ。「文庫」へ投稿

樋口一葉の研究

講演抄録(その2/3)

http://www.youtube.com/watch?v=GZdHHKkpJMQ

「扇頭小景」明治32年

山の発見

多摩川 東海道 中仙道 などの旅から 山を発見 山を見つける。

感性が豊かだ。

和田峠の北
稲倉峠(しなぐらとうげ)から槍ヶ岳を遠望。
保福寺峠から安曇野を。北アルプスを見る。

乗鞍を見て 感動し やがて乗鞍へ登り

その乗鞍の頂上から槍を眺め 明治35年に槍ヶ岳を登る。


講演抄録(その3/3)

http://www.youtube.com/watch?v=LA1xOsjq-Lc

初出の「北日本人」は まだ見つかってないが 「文庫」「山水美論」に出ている。
近藤信行先生 ご愛読の烏水の青年期の生きがいが伝わってくる文章。

自分自身の生き方、これを山中にあって感じ取っている その生成発展。

自分が変わっていく ひとつの姿。

自然に触れて 心のなかが変わっていく 人間的な発展。

黒戸尾根から一日で甲斐駒を往復。


明治36年8月旅中「北日本人」に寄す。
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「 山を讃する文 」

近来邦人が、いたづらなる夏期講習会、もしくは無意義なる いわゆる「湯治」「海水浴」以外に、種々なる登山の集会を計画し、之に附和するもの漸く多きを致す傾向あるは頗る(すこぶる)吾人の意を獲(え)たり、しかも邦人のやや山岳を識るといふ人も、富士、立山、白山、御嶽 等、三四面登り易きを上下したるに過ぎず、その他に至りては、之を賭(み)ること、宛(さなが)ら外国の山岳の如くなるは、遺憾にあらずや。

例へば東京最近の山岳国といへば、甲斐なるべくして、しかも敢へて峡中に入り、峻山深谿(しゅんざんしんけい)を跋渉したるもの幾人かある、今や中央鉄道開通して、其の益を享(う)くるもの、塩商米穀商以外に多からずとせば、邦人が鉄道を利用するの道もまた狭いかな、たまたま地質家、山林家、植物家らにして、これらの人寰(じんかん)絶したる山間谿陰に、連日を送りたるものあるは、之を聞かざるにあらずといへども、しかもかくの如きはこれ、漁人海に泛び(うかび)、樵夫山に入ると同じく、その本職即ち然るのみ、余の言ふところの意は之に異なり、夏の休暇(サマー・ヴァケーション)は、衆庶に輿へられたる安息日なり、飽食と甘睡(かんすい)とを以て、空耗すべきにあらず、いずくんぞ自然の大堂に詣でて、造花の威巌を讃せざる、天人間に横たはれる契点を山なりとすれば、山の天職たるけだし重く、人また之を閑却するを 許さざるなり。

余今夏、友人紫紅山崎君と峡中に入る、峡中の地たる、東に金峰の大塊あり、北に八ヶ岳火山あり、西に 駒ヶ岳の花崗岩大系あり、余等の計画はこれらの山岳を、次第に巡るに在りて、今や殆ど其三の二を途げたり、而して上下跋渉の間、心胸、かつ如(かつじょ)、洞朗、昨日の我は今日の我にあらず、今日の我はおそらく明日の我 にあらざらむ、而して是れ向上の我なり、いよいよ向上して我を忘れ、程を逐ひて自然に帰る、想ひ起す、昨八ヶ岳裾野の紫蕊紅葩(しずいこうは)に、半肩を没して佇むや、奇雲の夕日を浴ぶるもの、火峰の如く兀々然(こつこつぜん)として天を衝き、乱焼の焔は、茅萱(ちがや)の葉々を辷(すべ)りて、一こう水(こう=さんずいに弘)の底に聖火を蔵す、富士山その残照の間に、一朶の玉蘭(はもくれん)紫を吸ひて遠く漂ふごとくなるや、桔梗も亦羞ぢて莟(つぼみ)を垂れんとす、渺(びょう)たる五尺の身、この色に泌み、この火に 焼かれて、そこになお我ありとすれば、そは同化あるのみ、同化の極致は大我あるのみ、その原頭を、馬を牽いて過ぎゆくそう夫(そう=にんべんに倉)を目送するに、影は一二丈五丈と延び、大樹の折る如くして、かの水に落ち、忽焉として 聖火に冥合す、彼大幸を知らず、知らざるところ、彼の最も大幸なる所以なり、職、岳神、大慈大悲、我等 に代り、その屹立を以て、その威巌を以て、その秀色を以て、千古万古天に祈祷しつつあるを知らずや。

狙来先生その『風流使者記』中に白く「風流使者訪名山」と。我等は風流使者にあらず、しかも天縁尽きずして、ここに名山を拝するの栄を得、名山が天を讃する如くにして、人間は名山を讃す、また可ならずや。

駒ケ岳の麓、台ケ原の客舎に昼餐を了(おわ)りたる束の間に、禿筆を舐(な)ぶりて偶感を記す、その文を成さざる、翼くは我が興の高きを妨ぐるなからむ。」

(三十六年八月旅中『北日本人」に寄す。)

[ 旧字体など新字体になっている「日本アルプス」岩波文庫 130p-132p より転記。
いくつかの文字は漢字変換できず、ひらがなにしました。]



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山と人 自然 芸術の 図表 拡大

「山と人文との交渉を論じて山を人間と自然、すなわち歴史と科学を綜合する芸術としてとらえている」






「小島烏水に学ぶもの」

高松に生まれ。 山岳、文学、芸術など多岐に活躍された小島烏水。

「小島烏水 山の風流使者伝」など書かれ烏水研究の第一人者、近藤信行先生ですが、79歳の御高齢にもかかわらず、講演中 何度も「勉強が足りないとか」「まだまだ勉強しなければいけない」とか発言なされました。

2時間の講演中 何度も「勉強が足りない」。「勉強したいと思っている」との言葉。

小島烏水について 知り尽くしているではなく「勉強が足りない」。

本当に まだまだ勉強が足りない とおっしゃられていましたその謙虚な姿勢。

一番大切なのは まず謙虚に 取り組むということを教えていただきました。

今回の講演で 先生のこうした前向きの姿勢に こちらこそ本当に勉強になりました。

有難うございました。


「小島烏水 山の風流使者伝」
近藤信行 著 創文社 1978



本名 小島久太 (頼山陽の本名 からとった名前、久太。)


高松の生まれだが1歳で 東京 横浜へ、

「烏水」は明治30年ころから使い出した。

「烏水」の雅号は
信州 上田の文筆家 瀧澤秋曉(たきざわしゅうぎょう)(1875-1957)
の 厳しい 批評

『鵜(う)の真似をする烏(からす)水に溺る』

名前からして謙虚さをあらわしている。


「小島烏水版画コレクション 山と文学、そして美術」
横浜美術館企画監修 大修館書店2007

浮世絵などの美術に関心があり、海外流出した浮世絵を買い戻したりした。


「山岳紀行文集 日本アルプス」
小島烏水著 近藤信行編 岩波文庫1992

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