2008年1月アーカイブ


平成20年1月26日 曇 晴
剣山 (1955)次郎笈 (1930) 丸石(1683)

見ノ越 駐車地点 6:30 --剣神社 6:33 --西島リフト駅 7:30 --- 剣山 (8:25-8:39)--次郎笈 (9:35-9:57)---スーパー林道下降点 10:51--丸石 (11:17-11:39)---丸石避難小屋 (12:10-12:28)--奥祖谷かずら橋下降点 12:33--国体橋 13:08---奥祖谷かずら橋 (13:44-13:57)-----見ノ越 駐車地点 16:28


【山頂】

剣山山頂 「マイナス8.5度 北7-8m 曇り  北側からガスが流れるが 南は 少し見える。塔の丸はガス、三嶺 天狗塚 次郎笈は雲の上に山頂付近だけ少し見える。」

次郎笈「マイナス8.1度 西3-4m 曇り  三嶺 西熊山 天狗塚  などは雲の上に山頂付近だけ少し見える。剣山もガスが流れるものの 山頂部は見える。」

丸石 「マイナス7.3度 2m 北風 曇り 次郎笈 高ノ瀬 天狗塚 白髪 塔の丸 見える。」


【同行者】 
Sさん
今回は パワフルなラッセルで定評のあるSさんに殆ど助けていただきました。
Sさんに感謝です。

【積雪状況】

深い雪に足を取られ 次郎笈 丸石 間、丸石 丸石避難小屋間は 時間がかった。丸石避難小屋で昼食休憩し、雪の多い 高ノ瀬 石立分岐付近での今後の所用時間を冷静に予想した。うまくいけば 三嶺までの縦走はできるかもという 当初のもくろみは どうも少し甘かったようだ。先週少雪で 三嶺 剣山間を 軽く流した時のような少雪縦走とは違い 今回の この潜り方の 積雪では ラッセルにかかる時間はかなりのものとなりそうである。最後に 見ノ越へ戻るというコース全体で 総体的に時間配分を勘案すると、三嶺までは とても無理のようだ。結論として やはり無理せず、縦走は断念して、 奥祖谷かずら橋へ下山する、エスケープをとる判断をした。雪山は やはり積雪次第だった。

【除雪】

奥祖谷かずら橋 の国道439号に出ると除雪もないし 車の轍もない。人の歩いた トレースもないし、あるのは所々の動物の足跡だけだった。

この後の 見ノ越まで、延々と続く 雪の国道439号歩きは いわば この日 ハイライトとなる核心部分であった。一度 下山しての 登り返しは 精神的にきついのだ。
トレース 轍 除雪のない 単調な雪の国道をひたすら歩き続けた。

見ノ越から名頃間の国道439号は 今冬より除雪対象から外され、1月11日より 終日通行止めになった。それでも先週までは まだ雪が少ないので 車の轍があり 苦にならず歩けた。先週 見ノ越から名頃まで除雪はなくとも 積雪は少なく しかも車の轍があり 1時間47分で見ノ越から名頃まで比較的楽に歩けたのであった。

ところが この一週間ですっかり様変わりした。

今回 除雪や轍のないのない状態での 2時間31分の歩きは とても厳しいものであった。

やはり除雪がないと こんなに苦労する物なのか つくづく 本当に身にしみてわかった。
名頃 見ノ越間は除雪されていたからこそ 昨年までの 剣山 三嶺の積雪期のワンデー縦走は 気軽にできた。この区間の除雪が無く ラッセル込みで登り返しがあるとなると 、はじめから 力の配分を 変えて 最後の国道歩きに備えて時間配分し精神力、体力の余力を残しておくように、縦走路ではセーブした行動をしておかなければならない。

見ノ越から名頃まで除雪が無くなったことで、昨年までの剣山 三嶺間の 積雪期ワンデー記録は今冬より条件が厳しくなった。つまり 今冬より剣山 三嶺間ワンデーでの積雪期縦走の難しさは昨年のレベルよりワンランク厳しくなったといえる。

昨年まで当然のことと思って、影に隠れて気づかなかっただけなのだが、いかに 有形無形に 道路の除雪というものに、助けられて山に登っていたのかということがよくわかった。

この付近の山域の除雪状況 


平成20年1月26日断面図


剣山山頂


次郎笈山頂近づく


次郎笈 丸石間 雪深い


次郎笈を振り返る。次第に晴れてきた。


丸石山頂から 次郎笈


丸石 丸石避難小屋 間


丸石避難小屋


国体橋


奥祖谷かずら橋。三嶺が近い。


国道439号を歩く 。動物の足跡がある。


乙女谷を過ぎ三嶺を振り返る。遠くになった。 見ノ越まで まだ まだ。


日が傾きだして やっと 大塚製薬つるぎ山荘まできた。あと一息。


平成20年1月26日


曇 晴

見ノ越 駐車地点 6:30 --剣神社 6:33 --西島リフト駅 7:30 --- 剣山 (8:25-8:39)--次郎笈 (9:35-9:57)---スーパー林道下降点 10:51--丸石 (11:17-11:39)---丸石避難小屋 (12:10-12:28)--奥祖谷かずら橋下降点 12:33--国体橋 13:08---奥祖谷かずら橋 (13:44-13:57)-----見ノ越 駐車地点 16:28
平成20年1月26日

コースタイムの取り方

私の最近の山行では、記録となるコースタイムは主に以下の方法でとっています。

1 GPS
2 デジカメ 
3 手帳メモ


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1 GPS




ザック天蓋内で電源を入れ放しにして トラックログをとっておけば
帰宅後カシミールなどでGPSログ解析して、正確なコースタイムを読み取ることが出来ます。

ただし 衛星捕捉が出来ない谷間とか、樹林帯などで乱れたログとか、電池切れ、動作不安定な時もあり、GPSは100パーセント、頼りになるわけでもありません。

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2 デジカメ



撮影時のEXIF情報で時刻がわかるので、とても便利です。ただし山に行く前に準備が必要で、デジカメの時刻設定を正確にしておくために、時報できちんと時刻が合わせるなど、正確な時刻を入力します。その上に、更に正確を期すため、その日の撮影開始前に電波時計などをデジカメで撮影してデジカメ内部時計と電波時計の誤差情報をえておくと完璧です。

山行中はポイントごとに スナップショットを気軽にとっておくのです。このことで デジカメの欠点として 大体において撮りすぎの傾向になるのです。ただし これが かえって多くの時刻情報を得られることにもなります。要所要所でメモ代わりにシャッターをバシバシ押す方が簡単だし、GPSで取得したトラックデータと合わせて撮影位置の推定などカシミールで簡単にできるのでとても便利なのです。

ただし 安易にシャッター押しまくると 概して 印象は 薄くなります。
撮って 撮って 撮りまくる

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3 手帳、メモ



昔から、基本の基本は鉛筆、と手帳、メモです。これだと電池切れなどもなく、どんな悪条件の場合でも 最終的に一番頼りになります。山頂など 要所要所で書いた、そのときの実際の印象などを素直に書いておけば 後で、読み返すことが出来ます。冬場など 寒さで悴んだ筆跡の乱れようなど、しばらくたって見れば、そのときの情景などの、多くのことがらを思い起こしてくれる大変貴重な資料となります。下手な写真を撮りまくるより、小さな手帳に書かれた一行 一行が 実に多くの記憶を簡単に呼び覚ましてくれるのです。有り難いことです。家に帰って浄書する紙ベースの山行記録ノートはまた別にありますし、更にそれらを纏めてWEBサイト用に抜粋しますが、現地で書いた手帳は 実録山日記として、思い出をそのまま保存することも出来る一番の元本となるものです。
現地で書いた生の手帳こそ、貴重品として永久保存しておき、時折 読み返すと、とてもいい自分史になるのです。


コースタイムの取り方


三嶺山頂から 剣山 次郎笈方面を見る。




平成20年1月19日 晴れ 曇り

三嶺(1893)高ノ瀬(1740)丸石(1683)次郎笈(1930)剣山(1955)

【コースタイム】

名頃駐車場 5:06 -- 平尾谷登山口 5:36 -- 三嶺 (7:53-8:06) --カヤハゲ 8:48--白髪分岐 9:37--白髪避難小屋 9:44 --1700m三角点 10:16 -- 1732m 標高点 (10:44-10:57)--石立分岐 11:30--高ノ瀬 (11:52-12:08) -- 倒壊した小屋 12:30--奥祖谷かずら橋下山口 12:49 -- 丸石避難小屋 12:51 -- 丸石 (13:19-13:35) --スーパー林道下山口 13:48-- 次郎笈 (14:47-14:56) -- 剣山 (15:44-15:54) --西島リフト駅 16:12 --剣神社 16:30 --- 見越 16:34--奥祖谷かずら橋 17:52---名頃駐車場 18:21

【山頂】

三嶺山頂「マイナス5.6度 2m 北風 晴れ 剣山 次郎笈 天狗塚見える」

高ノ瀬山頂 「マイナス1.2度  晴れ 暖かく感じる。三嶺 剣山 次郎笈見える。」

丸石 「プラス1.3度 無風 曇り 剣山 次郎笈近くになった。三嶺遠くになった。」

次郎笈「プラス0.5度 1m風弱い 曇り 三嶺 天狗塚見える。」

剣山山頂 「マイナス5.0度 3m 曇り  三嶺 天狗塚見える。日が傾くと 寒くなった。」

国道439号見ノ越から名頃への歩きは 下りで少し楽だが やはり長い。


三嶺山頂から天狗塚方面


白髪山を振り返る


三嶺を振り返る


石立分岐付近


高ノ瀬を振り返る


丸石付近 2重稜線


丸石山頂から剣山 次郎笈


次郎笈から三嶺方面


剣山登り途中から次郎笈


剣山 山頂


見ノ越


国道439号を歩く 三嶺は遠い。


日が暮れて名頃集落へ入ると すぐに シロが出迎えてくれ、 駐車場まで案内してくれる。 無事 名頃駐車場へ到着。(平成18年6月17日三嶺剣山縦走


平成20年1月19日

 晴れ 曇り

【コースタイム】

名頃駐車場 5:06 -- 平尾谷登山口 5:36 -- 三嶺 (7:53-8:06) --カヤハゲ 8:48--白髪分岐 9:37--白髪避難小屋 9:44 --1700m三角点 10:16 -- 1732m 標高点 (10:44-10:57)--石立分岐 11:30--高ノ瀬 (11:52-12:08) -- 倒壊した小屋 12:30--奥祖谷かずら橋下山口 12:49 -- 丸石避難小屋 12:51 -- 丸石 (13:19-13:35) --スーパー林道下山口 13:48-- 次郎笈 (14:47-14:56) -- 剣山 (15:44-15:54) --西島リフト駅 16:12 --剣神社 16:30 --- 見越 16:34--奥祖谷かずら橋 17:52---名頃駐車場 18:21

平成20年1月19日


帰国報告会、10日後、まさか!


ダウラギリ帰国報告会から10日後

2008年正月、 槍平で、I さん N さん が 雪崩に巻き込まれ、不幸にしてお亡くなりになりました。  暮れも押し迫った2007年12月22日のダウラギリ帰国報告会でお会いしてから10日後、 まさかの悲報。 本当に残念でなりません。 このところ 年に何回か I さん と同行させて頂いたときは いつも 慎重に計画されて行動されていたので、まさか そんなところで 事故に遭うとは信じられない、なんとも悔しい思いで一杯です。 Nさんも 山へご一緒したり、 山中でバッタリ出会ったりもあったりしたり、またダウラギリ隊の国内連絡係として活躍され、何度もメールで連絡したりしました。帰国報告会ではパワーポイントの操作を すぐ後ろの席でされていたのでした。 その12月22日の報告会のなかで述べられた I さん の一言一言は 今も耳にしっかりと焼き付いて残っています。 8000mへの挑戦は叶わなかったものの、その悔しさをバネに また新たな次の目標に向かって頑張って 行こうという前向きな気持ち、その山にかける熱意を ひたすら持ち続けて 今後も 岳人として 人としてやっていきたいと おっしゃったその言葉。 ダウラギリで非常に苦しい思いをしたのに また新たな気持ちで 次の山に向かう姿勢、 なにより本当に素晴らしいことだなと、思ったその矢先のことだったのに。。。 その再スタート直後の山行が、あまりに過酷な結末となるとは 本当に無念です。 12月22日。 「2月の山行は宜しく」と別れ際に声をかけられた、その言葉。 今も ズシンと心に沁み込んでいます。 I さん、 N さん、  叶わなかった夢を 抱いて いまは ただ安らかにと、  心より ご冥福を お祈りいたします。 合掌。 ---------------------------------------------------------- 2007年12月22日ダウラギリ帰国報告会でのI さん の言葉 「とにかく悔しい。 残念の一言につきる。  本当に感想は  それ以外にない。 C3迄行きましたが そこまでの間でも高度障害 酸素不足で 自分で考えた以 上に 体の負担がありましたものの、それなりに 正直言って 必ず登れると 思いました。 それは C3まで登ると その先の C4設置予定地は すぐそこで、C4からは  酸素を使うので、ドド、 キムらの プロクライマーと同じスピードでは登 れませんが 何回か繰り返すと、 必ず (山頂を)登れると思いました。 それだけにBCで見上げた雪空。 どんどん積もっていく雪は 同じように心に もドンドン積もり、非常に苦しい思いをしました。 だが 山は色々なことを教えてくれましたので 、どうか今後の私の山登りの 糧に もっと申しあげるなら人生に生かしていきたい。」 ----------------------------------------------------------- 山遊なかよしカタツムリ さんの 徳島ダウラギリ主峰登山隊 登山報告会

槍平での雪崩で

I さん N さん が 巻き込まれた  同じ槍平での雪崩で  M山岳会のEさん Kさん も お亡くなりになりました。 心より ご冥福を お祈りいたします。 山と溪谷のへっぽこ雑技団 団長の雑技的時折BlOG

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徳島ダウラギリ登山隊2007 帰国報告会

2007年12月22日開催 1-2007-12-22-19-30-houkokukai.jpg 「とにかく悔しい。 残念の一言につきる。 本当に感想は  それ以外にない。」 登山隊の皆様の 悔しさが 伝わりました。 この悔しさこそが 今後の山登りのバネになり 更に新しい目標に向かって進まれることになると信じます。 報告会有り難うございました。 「ありがとうございました (なかよしカタツムリ)コメント 2007-12-25 12:36:29 遠いところ、しかも天気も悪いなか、おいでくださり本当にありがとうござい ました。登山期間中も、応援に感謝しています。今後とも、よろしくご指導願 います。 」 山遊なかよしカタツムリ さんの 徳島ダウラギリ主峰登山隊 登山報告会 趣深山ブログ


Iさんを偲ぶ、思い出の山行

2007年12月30日も 2008年 1月6日も 山中では 誰にも 出会うことがなかった。 ただし先週と1月6日とでは 気持ちの上で全く違った。 このコース 亡くなったIさん と過去 何度も辿ったところだけに ここで  こんな話をしたとか この岩に腰をかけて休んだとか、 ここで こっちのルートを取ったとか、 様々な 思い出が次々と去来していった。 そのたびに 足を止め しばし感慨に耽ったりした。   三嶺山頂では特に思い出が多く残っていて 霧の中で突然現れたNさん また 突然 山頂で あらわれるような気もした。 思い出が駆けめぐるたびに 悔しい思いが増幅し、残念 無念。 ----------------------------------------------------------- 2008年1月13日 この日も山中では誰にも会わなかった。 また同じ三嶺からの周回コースは  ありし日の Iさん が突然語りかけてくるようで  Iさんを偲ぶ山行となった。 -----------------------------------------------------------

人柄

2-2006-01-29-08-21-i_074.jpg 2006年1月29日 剣山 三嶺 天狗塚 牛の背縦走途中 1732m標高点手前。 http://blogs.yahoo.co.jp/tow8848m/25084385.html http://shumiyama.web.fc2.com/2006/20060129turugi_ushinose.html 初めて Iさんと出遭ったのは この付近 1732m東側を南に捲いていく縦走路であった。 偶然すれ違った この縦走路で 二、三言 言葉を交わしたのが最初だった。 人の縁は何とも不思議なもので、奇しき縁で 何年か後、2006年1月29日 ご一緒して このコースを冬季縦走することになるとは そのときは 全く想像もつかなかった。 2006年1月の縦走。 Iさんは以前 単独でこの縦走コース挑戦し惜しくも 白髪小屋で敗退したことがあっただけに、Iさんにとって かねてよりの念願の縦走コースであったようで、この時は かなり気合が入っていた。 http://blogs.yahoo.co.jp/tow8848m/14305029.html Iさんは  見ノ越から 常にラッセルの先頭に立って 終始 我々を引っ張っていった。 それでいて 後半 足に故障がでたメンバーには付き添ってあげるほどの気遣い。気力 体力だけでなく 人間的な優しさという 人格の素晴らしさ が備わった 面も見せてくれた。 何人かでパーティーを組む場合 人の纏まりを組み上げるには 中心となる人物の 人望が他のメンバーから尊敬に値するほど得られているかが 大切なポイントである。 Iさんは 雪 岩 氷 沢 尾根 スキーなど様々な 形態の登山をオールラウンドにこなしながらも 私のような狭隘で偏屈な登山とも接点を持てるほどの 大きな器量をもっていた。 Iさんのように 幅広い 器量を持った 人格でないと 大勢のメンバーを纏めることはできない。 このとき  きままな単独行で 常に偏屈な 山行を行っている私のような者には 誰からも好感をもたれる Iさんの人柄は眩しく 素晴らしい人格の持ち主だなと思えて、 今更ながらに自分の不徳を恥た次第だった。


楽しむ

楽しむ 楽(らく)をするということではなく たの(楽)しむということである。 「やまを楽しんでるか。 楽しいんだよ。」 長い周回山行 の途中、 Iさんは他のメンバーに よく楽しんでいるかと 声をかけられていた。 もとより 山は楽しまなくては 長く続きできるものではないが、常に余裕を持って 心から山を楽しむ。 実際 Iさんは山を楽しんでいた。 だが Iさんのように心から山を楽しむのは 誰でもできることではなく 実際はとても 難しいことなのだった。 Iさんのように  心にも 体力的にも 常に余裕を持って 自然に接しないと山を楽しめる段階には とてもならない。 Iさんの境地に達するのは 並大抵のことではない。

夢 未明の桑平から  つづら折れのヘアピンカーブ道をクネクネと車を進行中に夜が明けていった。 同乗していたSさんと私に 今度 ヒマラヤ8000mへ行くことになったと ハンドルを握りながら 初めて話をされたときのIさんの 生き生きした表情と話ぶりは いまも頭にこびりついて離れない。 「山というのは 常に夢を追い もとめていくんだね。是非 夢を実現して」 と  とてもうらやましく思いながら 励ましのことばを そのとき送った。 実は 目標に向かって 進んでいく こうした気概などは 私にはもう既に完全に喪失してしまっていたので 夢を追い求めていく Iさんの ひたむきな気持ちに接して 自分で忘れていた チャレンジ精神を呼び起こされる気もして いたく感銘を受けた次第だったのだ。 http://shumiyama.web.fc2.com/2006/20060325yahaz.html 3-2006-03-25-10-13-480_029.jpg このとき 積雪期限定の とっておきシークレットポイントであるサガリハゲ北東台地と 膳棚北斜面を ご案内した。 この素晴らしい積雪スロープは Iさんに とても喜んでもらえた。  今となっては だし惜しむことなく 味わっていただいて 本当に 良かった。


技 ガチガチの堅い急傾斜の雪面を アイゼン無しで キックステップ術だけ で軽々とグイグイ登っていく。 Iさんと ご一緒した残雪期の山行で、並みのテクニックの持ち主でない、Iさんの その片鱗ぶりを垣間見た瞬間だった。 その後 Iさんの華麗なアイスクライミングは2007年2月25日 まじかに拝見することができた。 まさに「心 技 体」一体となった クライミング。 圧倒された。 4-2007-02-25-07-17-480_020.jpg なかよしカタツムリ氏の アイスクライミング。 難しそうな 傾斜のところでも 無駄な力みが全く無く、軽々と リズミカルな テンポのまま 流れるように実にのびのびと リラックスした感じで登攀していく。 その上 難しいアイスクライミング・ダウンも着実に軽々とこなしていく堅実な動き。 正に アイスクライミングを知り尽くした、全く無駄のない、洗練された動きにしばし 唖然と見とれてしまった。 こんな 小さな氷瀑でのアイスクライミングでも、単に装備とか テクニックとか、体の運動能力だけの問題でなく、 気力 体力 、ルートの取り方 とか 氷の読みや 判断力、あへてやや大げさな言い方でいえば 経験とか知識  の蓄積、さらには真摯な山への取り組み方などなど、 要は 山を登る 総合的な力がそのまま このアイスクライミングに凝縮して出現しているなと強く感じ、とても 勉強になりました。有り難うございました。


好きな山を もっと登ってほしかった。

http://blogs.yahoo.co.jp/tow8848m/52950745.html あまりに早く 逝ってしまったIさん。 好きな山を もっと登ってほしかった。 残念 無念。 本当にお世話になりました。有り難うございました。 心より ご冥福を お祈りいたします。 どうか安らかに お眠り下さい。 合掌。


お別れ会

5-yaridaira480_0001.jpg 「槍平 抱かれ眠る 岳人の 鶴の山越ゆ 夢のまた夢」 徳島ダウラギリ主峰登山隊 隊長の短歌 6-2008-03-30-13-50-yaridaira_.jpg スライドを見て愕然。 まさか こんなところで雪崩に遭うとは!   改めて事故の無念さに胸が詰まりました。 亡くなられた 方々の ご冥福を 心よりお祈りし 献花いたしました。                                   合掌


2008年1月16日 第1版制作 2008年4月6日 更新 よもやま話 >帰国報告会、10日後、まさか 「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山 Copyright(c) 2002-2008  趣深山 All Rights Reserved

曇り 雪  

【コースタイム】西山林道 駐車地点出発 5:58---西山林道イザリ峠登山口 6:12--- ふるさと林道阿佐名頃線から取付 7:05 --1806m標高点 9:07 -- 三嶺 (9:37-10:01) --西熊山 (11:08-11:26) --お亀岩 11:45 --天狗峠 綱附森分岐 12:16 --天狗峠西山林道分岐 12:25---天狗塚山頂 ( 12:49-13:13 )--牛の背三角点 13:53 ----西山林道 砂防堰堤 14:59 ----- 西山林道 駐車地点P地点着 15:19

平成20年1月13日




平成20年1月13日 曇り 雪  

三嶺(1893) 西熊山(1815) 天狗塚(1812) 牛の背(1757)

【コースタイム】西山林道 駐車地点出発 5:58---西山林道イザリ峠登山口 6:12--- ふるさと林道阿佐名頃線から取付 7:05 --1806m標高点 9:07 -- 三嶺 (9:37-10:01) --西熊山 (11:08-11:26) --お亀岩 11:45 --天狗峠 綱附森分岐 12:16 --天狗峠西山林道分岐 12:25---天狗塚山頂 ( 12:49-13:13 )--牛の背三角点 13:53 ----西山林道 砂防堰堤 14:59 ----- 西山林道 駐車地点P地点着 15:19

【詳細】

三嶺 「マイナス8.5度  5-7m 北風 。曇り 剣山 次郎笈は山頂雲がかかる。 天狗塚は 見える。風冷たい。」

先週の雪はだいぶ溶けてしまった。

西熊山 「マイナス8.0度  北風 6-7m 曇り  」

天狗塚 「マイナス7.1度  北風 5-6m 曇り 。剣山 次郎笈 三嶺ガスがかかる。少し薄日がさしたと思ったらすぐガスが出てきた。何も見えず」


1806m標高点北側から見る。


1806m標高点北側


三嶺山頂が見えてきた。


三嶺山頂


三嶺山頂から剣山方面


三嶺山頂を振り返る。


西熊山 登り途中から 三嶺


西熊山下りで天狗峠方面を見る。


天狗峠方面から 天狗塚を見る。

天狗 池 凍っていた。

平成20年1月13日






平成20年1月6日 快晴 

三嶺(1893) 西熊山(1815) 天狗塚(1812) 牛の背(1757)

【コースタイム】西山林道 駐車地点出発 5:17---西山林道イザリ峠登山口 5:31--- ふるさと林道阿佐名頃線から取付 (6:18-6:22) --1806m標高点 8:50 --縦走路にでる 9:05 -- 三嶺 (9:18-9:40) --西熊山 (11:18-11:32)--お亀岩 11:51 --天狗峠 綱附森分岐 12:39 --天狗峠西山林道分岐 12:49---天狗塚山頂 ( 13:15-13:44 )--牛の背三角点 (14:46-14:58) ----西山林道  16:15 ----- 西山林道 駐車地点P地点着 16:23

【距離】

累計歩行距離 17.727km 累計標高差 1665m

【詳細】

三嶺 「プラス2.9度  5-6m 西風 快晴。剣山 次郎笈 矢筈山系 天狗塚 笹ヶ峰 石鎚連峰 まで 見える。暖かく感じる」

西熊山 「プラス3.6度  西風 3m 」

天狗塚 「プラス4.1度  西風 2-4m 快晴。剣山 次郎笈 笹ヶ峰 石鎚連峰まで 見える。」
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12月30日も 1月6日も 山中では 誰にも 出会うことがなかった。

ただし先週と今回とでは 気持ちの上で全く違った。

このコース 亡くなったIさん と過去 何度も辿ったところだけに ここで こんな話をしたとか この岩に腰をかけて休んだとか、 ここで こっちのルートを取ったとか、 様々な 思い出が次々と去来していった。

そのたびに 足を止め しばし感慨に耽ったりした。
 
三嶺山頂では特に思い出が多く残っていて 霧の中で突然現れたNさん
また 突然 山頂で あらわれるような気もした。

思い出が駆けめぐるたびに 悔しい思いが増幅し、残念 無念。




三嶺を振り返る


西熊山 登る途中で三嶺を振り返る。


西熊山


お亀岩避難小屋


天狗峠方面から天狗塚


牛の背


牛の背側から 天狗塚


天狗塚遠くになる


牛の背から下降する。


ライオン岩 特徴のある形だ。

平成20年1月6日

快晴 

【コースタイム】西山林道 駐車地点出発 5:17---西山林道イザリ峠登山口 5:31--- ふるさと林道阿佐名頃線から取付 (6:18-6:22) --1806m標高点 8:50 --縦走路にでる 9:05 -- 三嶺 (9:18-9:40) --西熊山 (11:18-11:32)--お亀岩 11:51 --天狗峠 綱附森分岐 12:39 --天狗峠西山林道分岐 12:49---天狗塚山頂 ( 13:15-13:44 )--牛の背三角点 (14:46-14:58) ----西山林道  16:15 ----- 西山林道 駐車地点P地点着 16:23
平成20年1月6日

2008年正月、 槍平で、I さん N さん が 雪崩に巻き込まれ、不幸にして お亡くなりになりました。 

暮れも押し迫った2007年12月22日のダウラギリ帰国報告会でお会いしてから10日後、 まさかの悲報。 本当に残念でなりません。

このところ 年に何回か I さん と同行させて頂いたときは いつも 慎重に計画されて行動されていたので、まさか そんなところで 事故に遭うとは信じられない、なんとも悔しい思いで一杯です。

Nさんも 山へご一緒したり、 山中でバッタリ出会ったりもあったりしたり、またダウラギリ隊の国内連絡係として活躍され、何度もメールで連絡したりしました。 
帰国報告会ではパワーポイントの操作を すぐ後ろの席でされていたのでした。

その12月22日の報告会のなかで述べられた I さん の一言一言は 今も耳にしっかりと焼き付いて残っています。

8000mへの挑戦は叶わなかったものの、その悔しさをバネに また新たな次の目標に向かって頑張って 行こうという前向きな気持ち、その山にかける熱意を ひたすら持ち続けて 今後も 岳人として 人としてやっていきたいと おっしゃったその言葉。

ダウラギリで非常に苦しい思いをしたのに また新たな気持ちで 次の山に向かう姿勢、 なにより本当に素晴らしいことだなと、思ったその矢先のことだったのに。。。

その再スタート直後の山行が、あまりに過酷な結末となるとは 本当に無念です。

12月22日。 「2月の山行は宜しく」と別れ際に声をかけられた、その言葉。今も ズシンと心に沁み込んでいます。

I さん、 N さん、 
叶わなかった夢を 抱いて いまは ただ安らかにと、 
心より ご冥福を お祈りいたします。 合掌。


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2007年12月22日ダウラギリ帰国報告会でのI さん の言葉

「とにかく悔しい。 残念の一言につきる。 
本当に感想は  それ以外にない。
C3迄行きましたが そこまでの間でも高度障害 酸素不足で 自分で考えた以上に 体の負担がありましたものの、それなりに 正直言って 必ず登れると思いました。
それは C3まで登ると その先の C4設置予定地は すぐそこで、C4からは 酸素を使うので、ドド、 キムらの プロクライマーと同じスピードでは登れませんが 何回か繰り返すと、 必ず (山頂を)登れると思いました。
それだけにBCで見上げた雪空。 どんどん積もっていく雪は 同じように心にもドンドン積もり、非常に苦しい思いをしました。

だが 山は色々なことを教えてくれましたので 、どうか今後の私の山登りの糧に もっと申しあげるなら人生に生かしていきたい。」
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ありし日の Iさん 
常にラッセルの先頭に立って 我々を引っ張っていった。
2006年1月29日 剣山 三嶺 天狗塚 牛の背縦走途中 1732m標高点手前。


ありし日の Nさん
2007年7月16日 コメツツジが咲く 三嶺山頂にて 

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