山の本の最近のブログ記事
2007年12月17日 日本経済新聞 春秋
冬山に灼熱の太陽が輝き 衰えぬ不屈の魂が躍動する。
------------------------------------------------------------------------
・・・・・・・・・・・・・
「凍傷にやられたことを自覚しながらも、一晩中 吹雪と強風にさいなまれ、疲れ果ててなんらなす術もなかった。
この寒気と疲労。それに空腹と凍傷、眠気・・・こんな経験は何度かあるが、今度のように大きな登攀をなしとげた後のビバークだけに、僕はどんな拷問より酷烈に感じた。
ビバークというより「遭難」という方に近い状態だったろう。
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
1957年3月15日午前10時半、四、五のコルで四十八時間ぶりにザイルをわれわれ四人はといた。
ドンちゃんと ピンちゃんは自分の手袋やザイルが、凍傷のため脱いだり、解いたりすることができなかった。
凍ったような白い手の名古屋の人たちに僕は何度も何度も握手を求めた。」
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
「憧憬の氷壁 前穂高四峰正面岸壁」
『山靴の音』芳野満彦 著
------------------------------------------------------------------------
不屈の魂 の芳野満彦氏。2012年。
『絶対に死なない』ドンちゃん
も2011年。
ともに 亡くなられた。合掌。
------------------------------------------------------------------------
「一面、雪と氷と岩の世界。自分以外には誰一人としてこの世に存在しないかのような孤独感。心細さにふと襲われる。ここで諦めて少しでも気を緩めたら、待っていましたばかりに、山の神は我々四人の魂をすくいとってしまうだろう。
そうはさせるものか、必ず生きて戻ってやる!
当時、日本でもっともむずかしいと言われていた岩壁の初登攀に挑み、最難関である大ハングはすでに越えたのだ。あとは無事に生きて帰るだけ。我々の中の「生きようとする力」は、数々の敵と一晩中闘いつづけていた。」
『絶対に死なない』加藤幸彦著2005年 講談社
------------------------------------------------------------------------
山の中でレスキューすること
山岳地帯で遭難が発生するような 厳しい気象や地形の条件のもとで
四季を問わず 昼夜 問わずも いつでも 救助要請に応じ ひとをたすけることは いかに 大変なことか よくわかった。
いま ヘリ救助が多くなったものの
ヘリは ジャンダルムで墜落事故があったように 厳しい気象地形条件では 簡単には いかない。
ヘリが 飛べないとき 地上から レスキューしたり、ヘリ救助ができるところまで 要救助者を隊員が背負って移動する。
どんな厳しい 条件でも 救助隊員は全力で対応し 安全確実に 救助している。
この本を読むと 山岳レスキューは とんでもなく 難しいことで、山中で 人助けができる レベルは桁違いの能力や体力を 必要とする プロ中のプロの仕事だと 改めて 痛感した。
せめて 我々素人に出来ることは レスキュー要請など けっして出すことなどないよう、 万全に 計画し 準備して
山中では 慎重に行動するなど 普段から 遭難しないように 安全登山に こころがける ことだ。
「見知らぬ山が
幾重にも
遠く連なる
・・・・・
山 山 山
白い大きな波
そのうねり
・・・・・」
芳野満彦 氏
ご冥福をお祈りします。
------------------------------------
『山靴の音』
耳を澄ましてごらん
・・・ほら ね ね・・・
何処からか
古い記憶の
山靴の音が
聴こえてくる
ほら 僕の全身に
滲透(しみ)わたるように・・・・・
-------------------------------------
『山岳読図大全』村越 真 2011年11月 山と溪谷社
実際に起きた 数多くの 道迷い の事例を分析。
どんな きっかけで 道に迷い、
次々と 深みに入っていって
正常ルートに戻れなくなっていたかなど 詳しく記述。
つねに 背景的に 心理的な 要因がかかわっている。
『道迷いとは、様々な要因から生まれたルートの逸脱と現在地の見失いが
人間の心理的傾向によって悪循環的に拡大し、目的地への到達を妨げる現象と
考えることができる。』
初心者ばかりでなく ベテランでも道に迷う。
が つねに
『自分の力量を客観的に判断する努力と、
「リスクを下げたい」という強い意志のみが、
道迷いを減らすことができる。』
「世界のどこでも生き残る 完全サバイバル術」ナショナル ジオグラフィック
ナショナル ジオグラフィック
「世界のどこでも生き残る 完全サバイバル術
自分を守る・家族を守る」マイケル・S・スウィーニー著
日経ナショナル ジオグラフィック社 2011年8月29日第一版
ISBN:9784863131460
あらゆる環境・地域・条件下で生き延びる力をつけよう!
ナショナル ジオグラフィック
SASなど軍関係のサバイバル本が多かったが
ナショナル ジオグラフィックのサバイバル本は
具体的なサバイバルの実例が数多く出ていて参考になる。
登山の技術書としてもいい。
ただ注意したいのは 「サバイバルの基本」 は 単に 知識やテクニックではない。
軍関係のサバイバル本にも くどい位 出ているように、
サバイバルとは「生き抜こうという意志の力」。
どんなに絶体絶命の 絶望の淵にいたっても ビクともしない腰のすわった精神的なタフさをもつかどうかが 最後の最後では 生死の決め手になる。
それには 普段から万が一にそなえて 用意周到に準備し 心構えを 鍛えあげて おくことが一番 たいせつだ。
『古道巡礼』
『古道巡礼』高桑信一著
『古道巡礼』高桑信一著 東京新聞出版局 2005年 「近世、それも昭和に入って街道が急激に衰退したのは、鉄道の登場によって物資の運搬の主役を奪われたからだが、壊滅的な打撃を与えたのは車社会の発達である。事実大正三年に開通した磐越西線によって八十里越は潮を引くよう に衰退していくが、しかしなお、戦後のある時期まで人々の往来はつづいた。 戦後の復興を機に、トラックを主体とする運輸は鉄道と競うように発展を遂げ、ついに人馬による旧来の街道を駆逐してしまうのである。 皮肉にも道は、その発生の系譜を遡り、繁栄を極めた複合の道から順に消え去った。それはそのまま、人馬が主役として君臨した長い道の歴史の終焉を意味する。 この国の至るところに張りめぐらされ、地方の文化の伝播を狙った街道が滅んでから、かなりの歳月が経つ。あるものは深い草むらに沈み、あるものは苔むした石垣に繁栄の痕跡を残し、あるものは地元の熱意ある人たちの手によって 保存されて翌日の面影を回復した。そしてわずかに、目的を失わずに生きつづけたゼンマイ採り信仰などの径だけが、古道の息吹をいまに伝えているのである。」
船の道
瀬戸内海など海運が盛んなところでは 鉄道 道路だけでなく 船の道が しっかり現存してあるので 山の中の古道は 更に紆余曲折をへ 複雑な経緯もあったりして、やがて ついには廃道化した。 2007年(平成19年)4月14日、われわれ一行は かつて賑わった 信仰の道「子持権現山ホンガケルート」を辿った。 このとき、同行の山の大師匠 F氏はかつての古道 名古瀬谷 シラサ峠(しろざ峠)経由 白井谷の2つコースのことを話されていた。いまでは 昔のルートを知る人は少なく このルートのことなど もう すっかり忘れ去られていたが、F氏の昔を回顧した 含蓄ある古道の話を直接 聞いて、古道のもつ深い意味合いを それなりに感じることができた。 4月14日の山行には この山域に精通したエキスパートであるS氏も一緒であり 、F氏の話から大いに触発されたようで、その後シラサ峠の古道に 興味を持たれたようだった。 そして この度 S氏に この古道を案内してもらい歩いてみることになった。
古道 シラサ峠
西条市 西之川から いの町 本川村へ抜ける古道 シラサ峠。
平成19年11月23日 我々は S氏の絶妙なルートファインディングに誘導され 昔の人が辿った古道跡を忠実に 歩いてみた。
自然の地形を利用して 弱点を突いて 巧みに 付けられた古道。
今では 桟道 木橋などは 既に朽ち果てているものの 所々 未だに残る苔むした石垣は 昔の人の労苦の痕であり 我々に古道の歴史を残してくれていた。
苔むした石垣
まだ使える 薪ストーブ
立派な風呂
車道
昼頃 上り詰めた しらさ峠はアスファルト舗装された車道があり 時折 車両が行き交い 大きな山荘があった。
確かに この峠道の古道を 廃道にしたのは 間違いなく この車道である 。
私が初めて この瓶が森 石鎚山の縦走路に来た 昭和39年当時、ここは 縦走路 と 峠道であった筈だが、その後のある時代に 林道開発が進み、 土小屋から 瓶が森 伊予富士 など標高1400−1500M のところに 車道がで
きた。このとき氷見千石原はかろうじて残った。
単に山頂だけを目指すというのなら 車道ができるのは歩く距離も 短くなって とても 便利になったのは間違いない。今日、 ただ ピークを簡単に登る 風潮が主流になっているような時代には、こうした 車道も 大いに利用価値があるのだろう。
だが スカイラインの車道に至る間の 深い谷間の 奥深い自然は やはり辿ってみて はじめて 味わえるものである。こんな素晴らしい峠道であるのに、今まで 気づかずにいたり すっかり存在を忘れてしまっていたのは 時代に流されたといえば聞こえがよいが やはり山の本質を見抜けないという何とも 情けないことであった。
高桑信一氏のように 昔の記憶を辿る 山旅も素晴らしいものだと、 今回のシラサ峠を巡る 山行で感じた。
そして そのことを 暗示的に示唆してくれたF氏、更には ご案内していただいたS氏には深く感謝する次第です。有り難うございました。
2007年12月3日 第1版制作 古道巡礼 http://shumiyama.web.fc2.com/yomoyama/2007kodou.html
http://shumiyama.web.fc2.com/ 「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山 Copyright(c) 2002-2008 趣深山 All Rights Reserved