自分の山歩きの最近のブログ記事

西熊山から下山

平成23年1月22日 西熊山(1815)。昼12時。

このまま縦走を続けるか どうかの 決断にせまられた。

1月16日の天狗塚敗退のあとの、再チャレンジとなった22日。

まだ暗いうちに久保を出発。天狗峠、天狗塚から牛の背をピストンし 天狗峠 西熊山へ やってきたものの、天候 積雪状態などによって 予定どおりにいかないのが 雪山の常。

 ここまでも 深雪にはばまられて 予定より遅れて、西熊山へ。 

 


 

■縦走の可否は その日の天候 積雪コンディションでの 所要時間 体力消耗度などなど いろいろな条件次第。

22日 西熊山山頂 までいたる間の 積雪量 雪質 などから判断し、西熊から三嶺、ふるさと林道、久保蔭経由 駐車地点へ戻るには、 あと 5-6時間かかると計算。

 

■冬の日は 短い。

あと 日没まで 5時間。

多分 ギリギリ か チョット 微妙なところの 判断となった。


 

■じつは こうした 判断ポイントが身についたのも、過去なんども 致命的な判断ミスし、下降 途中 暗闇におそわれ 痛い目にあっているからだ。

地形 ルート熟知しているつもりでも 天候 積雪状況によっては 暗闇での下降の行動は難儀で リスクが高い。

日が短い 冬季のころ 縦走するしないの 判断ポイントとなるのは 時間は11時 12時 13時 の現在地がどこで その進み具合を 慎重に勘案する。

手痛い経験から いかに 判断ミスなく 適切な 所要時間内に 適切に 安全に下山できるか 少しは知恵がつく。  

■ともかく ひのあるうちに 駐車地点まで 確実に 安全に戻ることが第一。

これには 多少の時間的余裕も 大事だ。

というのも 時間的にも ある程度の 余裕を持って 行動することは 心に 「ゆとり」が出来て、落ち着いた行動がとれ 山をひろく みれて 山を楽しむことができる。

反対に 時間に追われるような 山歩きは 心に焦りがあり 視野が狭くなって 山を楽しむ 余裕もなくなってしまう。 こうした時 危険にであう確率が高くなる。

 


平成23年1月8日、三嶺から縦走してきて この西熊山で 縦走続行かどうか判断した。

1月22日は 天狗塚から縦走してきての 三嶺方面への縦走続行かどうか。

考えているうち ここで また 戦国武将、武田信玄 の言をおもいおこす

「勝負の事、十分を六分七分の勝は十分の勝なり。子細は八分の勝はあやふし。九分十分の勝は、味方大負の下地なり」

「六分で勝つ」 百戦錬磨の 戦国武将の極意。

そのまま 「三嶺まで行って 楽勝?」などと 山を軽く考えることのほうが恐ろしい。

■ここは すこし おさえて ゆっくり 山の楽しさを を味わっておこう。

結局 12時38分決断。

西熊山から下山。

 

平成二十二年 年頭


平成二十二年 年頭
平成二十二年 年頭にあたって 平成二十二年 謹賀新年 皆様のご多幸とご健勝を祈念いたします。 何故山に登るのか?本当に自分は山が好きなのだろうか?ただ人との関係とか地位や 名誉 虚栄や 自己満足で登っているのだろうか?いや ただ単に惰性で山に向かっているのでは? と自問自答しながら なんら 明快な回答を得られるままに 何かに憑かれたような感じで 山へ向かった結果、累計山行日数はこの四十年余の間で1397日になった。 最近の山行はHPやブログに公開しているが、紙ベースの山日記につけられた記録は記録として大量に手元にあるが、記録や思い出を残すために山に向かっているのでもない。ましてや HPやブログの公開の為に山に登るのでもない。 未知の なにか分からない ものを 求めて いつも追い求めているのだろうか? よくは わからない。で また山へ向かう。 追い求めているうちに これまで山から貴重なことを数多く教えてもらった。 傲慢でなく つねに謙虚な気持ちでないと山は登れないということ。 そして 通い続ければ続けるほど 山里が大事だと感じてきている。 単独行で山に入っているようでも、直接には 目に見えないが 実際には多くの山里の方々の生活があり 多くの山里の皆様のおかげで 山に入ることが出来ているのが 分かってきた。 山に登ったといっても山里の皆様のおかげで登らしてもらっているだけだった。 ここに改めて つねに支えてもらっている 山里の 多くの方々に 深く感謝いたし、今年もまた、自分は山に登らせてもらっているという謙虚な気持ちをもって自然に接し 新たな感動をえられるようにしていきたいと思う。 本年もよろしく願います。                   平成二十二年   元旦                                 趣深山 平成二十二年 年頭にあたって

「自分の山」

---------------------------------------------------------------- 「自分の山」 ---------------------------------------------------------------- 「自分の山」 昭和38年 はじめての剣山(1955)登山。以来 永く 山歩きを 登り続けているなかで それまで使っていた銀塩フィルムカメラ と並行して 平成12年(西暦2000年)頃から デジタルカメラを使い始めました。初期のデジカメは 電池が重く図体の大きなものでしたが、それでも 一旦 使い出すと パソコンと連動して GPSやデジカメデータで 色々 面白いことができそうだということがわかってきました。 いまでも基本の基本は紙ベースの山日記ですが、その当時 紙と 並行して パソコン上でカシミールなど使ってGPSやデジカメのデジタル記録を 連動させ、デジタル化された山行記録として 徐々に データを整理していきました。そのうちに 貯まった記録をもとにして、パソコン通の諸先輩に ご指導を頂きながら 試行錯誤の末、それらを 拙作ホームページとして WEB上にサイトを開設し、試験公開したのが2002年10月で、2003年12月からはサイトの本格運用となりました。 以来 6年間が経過し、この間 大きく変わったのが 2005年10月のブログ開設。それ以降 ブログの利点を生かした ウェブサイト運用となりました。時系列記事となるブログのよい所もありますが、制約が多いという 弱点もあり、やはり ホームページの自由度の優位性は断然あります。今後も こうした 両者 のいい点を使い分けて いきたいと思いますが、この先 まだまだ パソコンのハードもソフトも ともに大きく変化するでしょう。 振り返れば 10年一昔といわれる世間一般に比べ、2-3年が一昔になる急激な変化のあるパソコンの世界。  実際 サイト運用開始から 6年の間 パソコンのハードもソフトも 大きく変化してきましたが、かならずしも 新しい機器や バージョンアップで よくなったかというと、案外そうでもなく バグやソフトの相性の問題で パソコンの不調に悩まされたりで、これらは 結構 メーカーの戦略に 踊らされた面もあったのではないかと想像します。 もともと 何年やっても いまだパソコン初心者域を脱しない私などには、急速に進歩している 機器やソフトなどは 高規格 多機能すぎて とても使いこなせません。恥ずかしながら 新しい ハイスペックのものより 機器が古くて ロースペックでも シンプルかつ 無難に 安定して 使えるハードやソフトが パソコン素人の私には 一番 合っているのです。 実は はっきりいって 私の場合は 拙作ホームページ運用より まず山歩きが原点です。主客逆転して ホームページや ブログのための 山歩きなど もとより全く興味がありませんし、そんな山行など 絶対に したくは ありません。 まず 自分の 山歩きがあります。 自分のペースで 自分の納得できる 山歩きをすることが 基本の第一です。 その山歩きの素晴らしさに また出会いたいため 次の山行へ繋げていくための ひとつの手立てとして 拙作ウェブサイトが役に立てば 幸いと思っています。 振り返れば 山歩きの素晴らしさを 追い求めて 歩いた ながい道程。といっても ささやかな 自分の山岳遍歴を顧みれば、確かに ガイドブックや 山岳雑誌の記録 紹介記事のとおり辿った時期も、また 著名山ブームの流れに 巻き込まれたりした時期も確かにありました。 それが やがて徐々に 自分の山を 追い求める様になってきましたが、所詮 何を言っても 山は趣味の世界。 人それぞれの登りかた 山への接し方があって当然であって、社会的良識や 公序良俗に反しない限り それについて あれこれコメントしたり 干渉することは適当ではありません。 そんな人それぞれの 山への接し方であっても 自然の奥深さ 素晴らしさを 人それぞれに それなりに きっと感じることができるでしょう。 私の山歩きは 今後も「自分の山」を 歩き続けて生きたいと思っています。 あせらず あわてず あなどらず。 ---------------------------------------------------------------- 2008年10月21日 第1版制作 ---------------------------------------------------------------- HOME >よもやま話 >「自分の山」 http://shumiyama.web.fc2.com/ 「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山 Copyright(c) since 2002  趣深山 All Rights Reserved

リハビリ登山を再開

平成19年5月3日 自転車で「遭難」のあと やっとリハビリ登山を再開

平成19年4月28日の津志嶽 黒笠山 丸笹山 八面山の長い周回から 中4日、 5月3日 牛ノ背 天狗塚 三嶺 剣山の縦走。 のあと車まで戻る途中 平成19年5月3日 自転車で「遭難」 よもやま話>骨折箇所 まだ 治らず 平成19年5月3日の自転車で転倒事故をおこし 骨折して しばらく 山行がで きなかったが 2ヶ月の充電期間を経て やっとリハビリ登山を再開すること ができた。 皿ヶ嶺 (1270) >平成19年7月8日


「あやまちのない人生というやつは味気ないものです、心になんの傷ももたない人間がつまらないように、生きている以上、つまずいたり転んだり、失敗をくり返したりするのが自然です、そうして人間らしく成長するのでしょうが、しなくて済むあやまち、取返しのつかないあやまちは避けるほうがいい」 「橋の下」  山本周五郎著 『小説新潮  昭和32年1月号』 『日日平安』 新潮文庫 や−2−9
リハビリ登山再開にあたって 平成19年5月3日の自転車で転倒事故をおこし 骨折して しばらく 山行ができなかったが 2ヶ月の充電期間を経て やっとリハビリ登山を再開することができた。 「山は最良の教師」というが、痛い目にあって また 多くのことを学んだ。  今度の事故の教訓は 表面的な直接原因よりも その背景で人間を支配した心の動きなど心理的な面に多くの学ぶところがあった。  え! こんなところで と思うようなところでも 実際 事故は起きるものだった。安全そうな 山歩きも つねに 危険が潜んでいた。もとより 危険の芽となる リスクは どんなところにも潜在的に潜んでいるが、それが実際に事故に結びつくかどうかは 人間が うまく 危険を回避できるかどうかにかかっていた。 急ぎのこころ 焦りのこころ 奢りのこころ があっては 「ものごと」が全く見えなかった。 過去の成功体験に奢り、謙虚さを失い、聞く耳持たぬ傲慢さが支配、自己の過信に陥っていると、危険をあらかじめ察知し、事前に避ける手当はなくなっていた。 今度のことは 嫌というほど 身に沁みた痛い教訓であって 当分忘れないだろう。 ただし リハビリ登山再開に当たって 更に自戒しなければいけないことがある。 人間は 過去の痛い経験にもとずく 知識などが働くからなのだろうか もう二度と同じ過ちはしないと 心に誓うものだ。 だが、のど元過ぎれば 熱さ忘れるとは よくいったもので、はじめは 固く心に誓っていても、やがて 次第にその気持ちも薄らいでくる。 私の 過去の拙い山歴をひもとくと、大小の程度はあっても、痛い目にあったあと、しばらくは 新鮮な気持ちが続く間は、 二度と失敗をおこすまいと思い続けることができる。しかし やがて気持ちも薄らぎ そのうち忘却、元に戻り やがて また痛い目に遭う。この繰り返しのパターンが多い。今度の失敗も のど元過ぎればのとおり やがては 元の木阿弥になるかもしれない。いったい 人間は どれだけ痛い目にあえば 骨身にしみるのだろうかと思ったりする。 今後 この繰り返しのパターンにならないためには 常に こころを穏やかにもち 謙虚さを失わず いることしかない。過去の失敗を生かすことができるかどうかはこうした気持ちを持ち続ける 努力をつねに怠らないことだ。 今後は あせらず あわてず あなどらず マイペースで 山行を続けていきたい。
「木漏れ日の山路にも、厳しい雪稜にも、事故は一様に待ちかまえている。」 『山岳遭難の構図』 青山千影 平成19年 東京新聞出版局 「山を続けるかぎり、遭難は宿命の同居人である。その事実から目をそむけずに、地道な努力を重ねることによって、はじめて「してやったり」という遡行が生まれるのである。」 『道なき渓への招待』  高桑信一著 1998年 東京新聞出版局
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骨折箇所 まだ 治らず

-------------------------------------------------------------------- 骨折箇所 まだ 治らず -------------------------------------------------------------------- 骨折箇所 まだ 治らず 平成19年5月3日 自転車で「遭難」 のあと 平成19年4月28日の津志嶽 黒笠山 丸笹山 八面山の長い周回から 中4日、5月3日 牛ノ背 天狗塚 三嶺 剣山の縦走のあと 車まで戻る途中 平成19年5月3日 自転車で「遭難」 平成19年5月3日の手指の骨折箇所が まだ 治らず、山へ行けない日々が続いています。  書棚から古い山の本を出してみて、 また読みかえしたり、やまのDVDを見たりしています。 19-2007-05-16-06-40-480_002.jpg
『処女峰アンナプルナ』 20-2007-06-17-_0009.jpg 『処女峰アンナプルナ』 エルゾーク著 近藤 等訳 白水社 1960 最初の8000m峰登頂と副題がついた本。 到達高度だけなら 戦前 エベレスト挑戦の1924年イギリス隊は8500mラインを超えて到達していたのであるが、山頂へ登頂はしていなかった。高度だけでなく、人類が初めて8000mを超える高峰の山頂に初登頂したということを副題のように ことさら強調し、1950年アンナプルナのフランス隊の「最初の8000m峰登頂」を有名にしたのも この本のおかげであった。 1950年フランス登山隊は より抜きの優れた登山家ばかりであって、様々な困難を克服し2名が山頂に登ったが、帰途は 大変な苦難の下山となる。文字通り まさに九死に一生を得た奇跡の生還であったが、大きな代償として 著者らは 手足の指を失う。 登頂の栄光と引き替えに凍傷で大きな後遺症を背負った 著者エルゾーク氏はその後もハンディキャップを見事に克服し 素晴らしい活動を続けて 後に フランスの青少年スポーツ大臣、シャモニーモンブラン市長など 公的な立場でもめざましい活躍することになる。 後年 エルゾーク氏は「山は最良の教師」という趣旨の発言をしているが、栄光と引き替えに ハンディーを背負った実体験から身に沁みての言葉であり重みを感じる。大きなハンディをバネに生かして 後年活躍されたのだろう。
槍ヶ岳・北鎌尾根 21-2007-06-06-08_02.jpg 『アドバンス山岳ガイド 槍ヶ岳・北鎌尾根』 北鎌尾根のDVD。山と溪谷社 刊  大天井 貧乏沢 北鎌沢経由でありながら、副題に「伝説のクラシックルート、初の完全映像ガイド」の「完全」とは、大いに異議があるところだ。 その昔 当然のごとく 葛 七倉から歩いたのでした。 そもそも 湯俣 千天出合への 長い アプローチにこそ 北鎌尾根 本来の大きな意義があると思う。 アプローチを短縮し楽をして核心部だけ「つまみ食い」?のような、 大天井 貧乏沢 北鎌沢経由というのも 時代の流れというものか? そういえば 『岳人2007年6月号』は 上高地 水俣乗越 天上沢下降 北鎌沢 北鎌尾根のコースで紹介されていた。 実は その昔 3月 葛温泉から歩き始め、途中 5m進むのに15分かかるような絶望的なラッセルなどもあり、アプローチで さんざん消耗し、苦労して 湯俣まで丸2日かかり 千天出合でやっと3日目夕方着 4日目やっと P2尾根末端取り付くことができた。北鎌尾根に取り付いてからも トレースなしの 大槍山頂までの長い行程は苦労の連続だった。 北鎌尾根の本来の北鎌らしさと魅力というのは、やはり長いアプローチと下部に多くあるではないかと思う。北鎌のコルからの上澄だけのようなコースが今では主流になっているようで、 昨今の『山と溪谷』、『岳人』などの 最近の発刊物を見ると 時代の変遷とはいえ なんだか 北鎌尾根の魅力を減じているなと 感じざるを得ない。 こう思うものも このとき振り返れば、北鎌には下山途中のほろ苦い思い起こすのである。  私の過去の拙い山歴でも有頂天の時には 山はいつも「謙虚さが足らん」と手厳しい試練を与えてくれたが、この3月の北鎌尾根の下りも厳しい試練が待っていた。 3月の北鎌尾根下山途中 、槍沢を下り、途中、デブリ地帯のアイスフォ−ルを飛び降り捻挫。沢渡まで、腫れた足を引きずりながらの長い難行。 今思えば エルゾーク、ラシュナル両氏の処女峰アンナプルナの下山とは比べ ものにならないほど 遙かに緩い 楽な試練であった筈だったのだが、その当時の私には とても重い試練であった。 今度の自転車遭難も 謙虚な気持ちを取り戻す またとない絶好の機会ととらえ、ゆっくり反省のいい充電期間を山が与えてくれたと感謝する必要があるのでしょう。
『山は最良の教師』 22-20070701-480.gif 朝日新聞 昭和37年(1962年)12月27日 栄光の登頂と引き替えに、長い療養生活のをへて、大臣に上り詰めたモーリス・エルゾーク氏の「山は最良の教師」という言葉。 5月3日の負傷から2ヶ月たったが、まだ 骨折が治らない。エルゾーク氏の言葉が意味するところを思い さらに 焦らず じっくり充電していきたい。 -------------------------------------------------------------------- 2007年7月7日 第1版制作 -------------------------------------------------------------------- 骨折箇所 まだ 治らず http://shumiyama.web.fc2.com/yomoyama/2007kossetu.html http://shumiyama.web.fc2.com/ 「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山 Copyright(c) 2002-2008  趣深山 All Rights Reserved

矢筈山(1848) 北東面


矢筈山(1848) 北東面
矢筈山(1848) 北東面を歩いてみた。
ここ何回か 矢筈山(1848) 北東面を歩いてみた。 登山道は無く、獣道などを繋いで歩くコースばかりであったが、北側は暖冬の 今冬でも 比較的雪が残っていて、素晴らしい光景に出くわすことが出来て、 感動の連続であった。これまで通ったルートとはまた 違うルートから色々と この山域をたどると、また新たな山域の魅力の発見することができた。 普段 足繁く通っていても 全然気が付かなかったことがなんと多いことか。 暖冬のおかげで、雪を求めて出くわした偶然のことであったが、改めて この 山域の奥深さを再認識した。 1-20070401-5_480-1.gif 2-20070331ge3-480.jpg 3-2007jan_mar31-480.jpg 平成19年1月2日から3月31日まで深淵方面もいれた 矢筈山山域での足跡すべて。 4-20070404yahaz_2_481.gif 5-20070404yahaz_ge1-480.jpg 平成19年1月2日から3月31日まで
6-20070404yahaz_ge2-480.jpg 平成19年1月2日から3月31日まで
『道なき渓への招待』 「指導標の完備した道をたどる登山は、いいかえれば他人の拓いた道をたどる 行為である。登山者が望むかぎり、それはそれで何の問題もない。山小屋があ り、指定されたキャンプ地がある。混雑の有無と天候の運不運はあったとして も、ともあれ おおかたの登山者が、自然を満喫して目的の山頂を踏むことが できるだろう。 問題は「道とはなにか」と登山者が疑った瞬間からはじまるのである。遭難を 回避するために設けられた指導標や山小屋。そこ以外には求めようもなく定め られたキャンプ地と、標準コースタイムの記されたガイドブック。----- そうした 管理された既成の登山のなかに、私自身の創造がどれほどあったの かと考えたとき、私は道から外れることに思いを馳せたのである。」
 『道なき渓への招待』 高桑信一著 1998年 東京新聞出版局 『 山の仕事 山の暮らし 』 「 Hさんの小屋場は只見の奥山にあった。近くを、会津と越後を結ぶ いにしえの八十里街道が走っていた。小屋場のそばを裏街道が通っているとい う説があり、その裏街道を探しあてるのが私の目的だった。--------- ゼンマイ採りも末期のころで、彼はそのまま私を、県境を越えて新潟側の源流 にまで導いた。その自在な山あるきを見たときの驚きを、私はいまだに忘れな い。 いっぱしの登山家をきどった私は、夏は沢登りしかしてこなかった。登山道を 外れ、溪谷から頂きを目指したとはいえ、それは山麓から山頂までの、点と点 を結ぶ線でしかなかった。そんな私にHさんは面としての山を教えてくれたの である。その山頂にこだわらない広がりのおもしろさと豊かさを知った私は、 前にも増して足繁く只見にかよった。いにしえの古道など、もうどうでもよく なっている自分がいた。」 『山の仕事 山の暮らし』高桑信一著 2002年 株式会社つり人社 遭難防止と ミニマムインパクト  この矢筈山北東面には 遭難者の残置ザックが残されているところがあります。 平成5年の遭難者残置ザック 十分な準備と、ルートファインディング、読図などの技術や経験、体力など段階を 経たうえで、この山域に入られることが大切です。 また自然の残る地帯で、野生動物も多く、 入山者には ミニマムインパクトの基本姿勢も求められます。


★遭難者の残置ザック 徳島県美馬郡つるぎ町 山中にて 7-20040502-4458.jpg 平成5年(1993年) 8月25,26日 道迷い遭難者がヘリコプターで救出された。 あとには ザックが3人分 残置されている。 「平成5年(1993年) 8月25日午後四時ごろ、徳島市内のアマチュア無線家から通報----- 徳島県警のヘリ「しらさぎ」が現場に急行して捜索に当たり------ 2人を救助したが、一人は霧のため救助できなかった。----- 26日午前7時半から「しらさぎ」を出動させて救助に当たる。」 平成5年(1993年) 8月26日 徳島新聞記事より  平成16年5月2日  平成16年5月8日  平成19年2月12日 


金 邦夫氏の指摘するインターネットでの危険な道無き道情報

金 邦夫氏(警視庁)が指摘する インターネットに起因する 遭難事故  日蔭名栗山(1725m)2004年3月 遭難事故の起因となるような情報提供に注意を呼びかけている。 このようなご指摘にも十分配慮したサイト運営を心がけようと、今後も自戒していきたいと思います。


2007年3月25日 第1版制作 よもやま話 矢筈山(1848) 北東面 http://shumiyama.web.fc2.com/yomoyama/yahaz_ne2007.html 「趣味の山歩き ますます深くなる 近くの山域」 趣深山 Copyright(c) 2002-2008  趣深山 All Rights Reserved

山頂への こだわり

山頂への こだわり  山頂での登山者の 滞留時間は 気象条件に左右される。 人気のある山の山頂では 秋山シーズンの天気の良い週末など、大勢の登山者で賑わう。 山頂での 登山者の山頂での平均的な滞留時間は、一般的にいえば天候、 こまかくいえば 雨 風 雪 ガス、気温 日差し 風速 眺望など 色々な条件で変化があるようだ。 なかでも 同じ天気だと 山頂での気温が高いか 低いかは、とても 大きな要素のようだ。 平成17年10月30日三嶺山頂 「7.1度 3-5m 南風 晴れ 剣山 次郎笈など 視界良好。 じっとしていると やや寒い」  平成17年11月5日三嶺山頂「 11.2度 2-3m 先週に比べ 暖かいので 山頂に滞留する人が多く 賑わっている。」 三〇日と五日は、 三嶺山頂では、同じくらいの数の人々で 賑わっていたが、 気温が低いと、 山頂で滞留する人は、みんな すぐ山頂を離れ、入れ替わりが頻繁にある。 気温が高いと、 山頂でゆっくり食事をしたり眺望を楽しんだりして 山頂で長時間滞留するようになり そさくさと下山する人が少なくなり、 入れ込みの分だけ 人が多くなり、 とたん 瞬間的に 山頂は 更に大勢の人で賑わっているように見える。 1-2005-10-30-11-23-miune-sanc.jpg 平成17年10月30日 2-2005-11-05-10-56-miune-072.jpg 平成17年11月5日 1 それにしても 登山者は 何故 山頂に こだわるのだろうか? どうして 山頂に登山者が溜まるのか考えてみると、 何故 登山者は山頂に  やたらと こだわるのだろうかということに 辿り着く。 たとえ 山頂への途中で もっと 良い場所があっても 少し 立ち止まるか、 あるいは ほんの一寸 腰掛けて 小休止するだけで、  ともかく やたらと 高いところ 高いところと 山頂をめざす。 高いところに 登りたがるのは 人間の本性なのだろうか。 ともかく  登山者はやたら 高いところへ 高いところへ よって くるものだ。 確かに山頂は 登山者が山頂へ想いを抱き 憧れる場所だ。 やっと 辿り着いた  山頂は もうこれ以上 登らなくても良い 目的地の場所だということだ。 ということは 無理に山頂へ行かなくても 最終目的地をはじめから「山頂」でなく 「山麓」とすれば また違った世界がひろがるのかもしれない。 平成17年11月5日撮影 3-2005-11-05-10-56-074.jpg 平成17年11月5日撮影 三嶺山頂 4-2005-11-05-13-27-119.jpg 平成17年11月5日撮影 天狗塚山頂 2 登山者は山稜や山頂に こだわり があるが、 野生動物には こだわりがない 苦労して 雪の山稜を ラッセルしていくと クロスする形で 獣のトレースがあった。 このトレースを見ると、登山者は山稜や山頂に「こだわり」 があるが、 野生動物には こだわりがないのが分かる。 獣道は 野生動物がよく歩くところが 道になったもので、よく通う山域では 獣道を利用させてもらうことが多い。  獣たちのトレースは 登山者と違って 無理に山稜を辿らない 無理のない歩き方をしている。 その 踏み痕を 追うことになると、いかに 登山者が 山稜や 山頂に こだわった 登りかたをしているなと つくづく感じる。 山は 大きく 広いのである。 狭い所に集中すること無く 更に発想を 豊かにして 山歩きを楽しんでいきたいと思う。 歩いたところが道になる 5-kemonomiti-9380-11.jpg
自然豊かな、三嶺にある 鞍部にできた獣道のジャンクションである。 野生動物は それぞれ違った方向からやって来て このジャンクションをへて また それぞれ違った 方向へ 去っていく。 登山者は あくまで忠実に 山稜通しに行こうとするが、 野生動物は 鞍部を うまく通り抜ける。 6-2005-11-13-10-46-040.jpg 平成17年11月13日撮影 3 獣道から 教えてもらうこと 野生動物の踏み痕をみると、 餌場 水場 ヌタバ ねぐら 繁殖地 社交場などへの移動など など、 山野を自由に巡る動きは とても羨ましく思える。 また、険しい山稜の弱点を狙った 素晴らしいルートファインディング力や、 藪の密生地帯を避けた 合理的な 動きなど 彼らから教えられることは多い。 彼らは 基本的に 山頂とか山稜に こだわり のない動きをしていて、たまに山稜とクロスすることはあっても、 登山者のように わざわざ 遠回りして 山頂を踏んでみようという いやしい考えはない。 登山者も 山頂 、山稜への束縛を 離れて、 野生動物の動きのように 自由に 山野を 彷徨すれば もっと 山の楽しみは 広がるのではないだろうか。 7-2005-10-30-10-47-1806P_047.jpg 平成17年10月30日撮影 4 こだわりのある 「山」、 こだわりのない 「山」、 どちらも 山には 違いない 山頂をめざしていた 登山者が 途中で 引き返した場合に 登山者は、「敗退」あるいは 「撤退」という言葉をよく使う。 特に 山頂だけでなくても 困難な ルートをめざしていた場合等でも、 同様な言葉を使う。 少し おおげさに 思える この敗退という言葉を使うのを、よく 考えてみれば 敗退した 山頂 山稜 ルートとかに それだけ とくに「こだわり」があるからである。 はじめから 山頂とか 山稜に 特にこだわりが なければ 「敗退」などと いうこともないし、  山頂に とくに こだわりもなく 、野生動物のように自由に山野を彷徨すれば 「敗退」などもないのである。 ただし 「こだわり」があるから およそ 国内外の登山も 進化してきた一面もある。   過去のエドワード・ウィンパーのマッターホルン登頂をはじめ、8000m峰の ヒマラヤ登山など繙いてみても、 山頂への 強い こだわり、 何回もチャレンジする 不撓不屈の精神があってこそ、 やっと 最終的に 完登出来てきたという登山の歴史がある。 こだわりのある 「山」、 こだわりのない 「山」、 どちらも 山には 違いない。 8-2004-12-30-12-18-haitai-065.jpg 平成16年12月30日撮影 敗退 山頂への こだわり 2005年11月11日 第1版制作 2005年11月14日 更新 「趣味の山歩き ますます深くなる近くの山域」 趣深山 Copyright(c) 2002-2008 HOME>よもやま話> 山頂への こだわり

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自慢話

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自慢話

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「何故山に登るか という問いに対して、いろいろのことが考えられて来たが、その一つに、山に登ってそれを自慢話の種にするというのも答えの一つにはなると思う。

山の自慢話は これまで随分聞かされた。その中には全くあけっぱしの自慢話がはっきりしているものもあれば、やや謙虚を装ったものもある。

私も山の紀行文らしいものを書きながら、途中でふとそんなことに気が付いて考え込むことが何度かあった。」

串田孫一著 「もう登らない山」 1990年 恒文社 -------------------------------------------------------------------- 0 この度 趣深山ブログを開設

この度、ブログを開設することになりました。

ブログ開設にあたって 今後のWEBサイトの編集方針を考えてみました。

これを機に、拙作HPとブログの編集方針を再度検討し、新たなスタートとすることにすることとしました。

-------------------------------------------------------------------- 1 原稿用紙のマス目にただ、文字を入れただけの、HP、ブログにしない。 ブログを少し 使ってみましたが、初心者向けのブログは とても 良くできています。  全くの 初心者にわかりやすく 何も心配することなく ブログを簡単に作ることができるように、できています。 (本格的プロ用ブログは それなりに 難しそうだが)

HPでは サイトの構成や 更新などの面倒な初期設定がいるのに対して ブログは 自動的にしてしまい、初心者にもとてもわかりやすく、設定が簡単で、ブログの形ができ、ネットの世界へUPすることができます。

ここに大きな 陥りやすい ところが出てくるような気がします。

すなわち 形はできても、文字の羅列、あるいは 原稿用紙のマス目にただ、文字を入れただけの ブログに陥りやすい危険性があるのです。

文字の羅列だけで、一応かたちとしてととのった、 ブログはできてしまう危険性があるのです。 -------------------------------------------------------------------- 2 HP ブログをもつことが 自己目的化してしまう危険性 HPやブログを作ることは それなりに意義のあることとおもいます。

HP ブログがあるのは 情報を伝達することで、良いことなのでしょうが、HP ブログをもつことが、 それ自身一人歩きして、自己目的化してしまう危険性があります。

山に限っていえば、問題は 簡単にブログができることから、HPやブログを作るために、山へ行くといった事になる危険があるのです。

本来は 山へ行くことが、まず第一で HPや ブログは その次の話であるべき はずです。

わざわざ、山行記録を すべて公開しなくても 別にかまわないのに、 HP ブログを作るために、無理に山へ行くという、本末転倒に陥りやすい危険性をはらんでいるのです。

すなわち 自己目的化した ために 山へ行くといった パターンに陥りやすい7危険性が HP とりわけ とくにブログにはあります。 -------------------------------------------------------------------- 3 もともと HP ブログに限らず 登山も 自己満足の世界 端的に言えば 突き詰めれば 趣味の山は自己満足の世界かもしれません。

勿論  商売で山歩きをするのなら そうではないでしょう。 山は 飯の種であり、これで 商売ができるのは 羨ましい 事なのです。

しかし、趣味の範囲で 山を楽しむというのは、 本来、無償であるからこそ 楽しいのであり、そこで何らかの見返りとなるもの、有形 無形のものを 期待していったのでは 山歩きは 決して 楽しいものにはならないのです。

だから 趣味の範囲で山に行き 楽しみ、それを元にして作った HPや ブログの 世界も 自己満足の世界だ といえます。

自己満足ではじまり、終わるのは その通りであって 本来は 決して悪いことでもないのです。

-------------------------------------------------------------------- 4 自慢話 自己満足の世界だから 只 どこへ行った ここへ行ったと ウェブサイトに公開していくのは 自分で満足している証拠です。

自己満足でいいからと、思っていて、これからよく 陥りやすい 落とし穴は HP ブログが 単なる自慢話の 羅列に終わる危険性です。

こうした自慢話話のHP ブログから 良心的な 一般読者が 受けるのは ただ単に 「自慢話が鼻につくだけの HP ブログだ」 といううことになるのです。

自己満足も 自分だけの範囲であれば 問題はありませんが、ウェブサイトで 他人様に 見せるのであれば それなりに 考えて いかなくては いけないのです。 -------------------------------------------------------------------- 5 山の魅力を紹介すること 拙作ウェブサイトの目的を ここで もう一度 考え直してみました。

私のよく通う山域は 四国山地の狭い一山域です。

こんな場所でも 春夏秋冬、足繁く通えば通うほど、 山域の奥深さ 自然のもつ 奥深さが 少しづつ 分かりかけてきます。

それも いけばいくほど 山の魅力のごく一部しか分かってないと 感じる次第で まだまだ 奥深さのがどれだけ深いのかなど とてもとても 分かりません。

何も 遠くの有名な高い山に行かなくても、手短な近くの山にこれだけ、素晴らしいところがある。近くの山の魅力は、行けば行くほど すこしづつわかりかけてくるものではないどろうか。

手短の山でも、こうして奥深くなる一方の 素晴らしい山の魅力のごく一部を、拙い表現力で紹介できたら これはまた良いことではないでしょうか。

これが 拙作HPの基本的な 編集方針であるべきだと 思います。

こんな大げさな 目標を掲げていて それに追いつかない 文章力 写真などの拙さを恥じる次第です。

これからも、謙虚さを失わないように、 無理に 装わず、常に素直な気持ちで もって、 自然に接し 大いに感動して もっと考えて いこうと思います。

今後とも 拙作サイトを 宜しく願います。 -------------------------------------------------------------------- 2005年10月15日 第1版制作 2006年3月22日 更新

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