「アクシデントのクレバス」



河北春秋

雪山に潜む危険を今月、80歳で亡くなった登山家の芳野満彦さんは「アクシデントのクレバス」と表現している。
いつの間にか落ち込み、気付いた時はもう身動きできない


▼芳野さんは17歳の冬に八ケ岳で遭難した。同行の友を失い、凍傷で自身も両足を半分切断した。懸命のリハビリで登山を再開。1965年、日本人として初めてマッターホルン北壁登頂に成功した

 ▼著書『新編山靴の音』に、八ケ岳遭難の詳細が記されている。変わりやすい冬山の天候、装備や食料の不備、そして進むか戻るかの場面で、何度か判断ミスがあったと悔やむ

▼芳野さんは蔵王でも、スキーで山越えしようとして猛烈な吹雪に襲われ、ビバークした体験がある。「冬山はいくら標高が低いといっても、あまりなめるものではない」と自戒している

▼秋田駒ケ岳では先日、山スキーの登山者が遭難し亡くなった。2000年2月、秋田大生が遭難した現場の近くである。悲劇の再発を防ぐ方法はなかったのか


▼困難な登山をしてきた芳野さんは、山では死ななかった。失敗に学んだということだろう。災厄から何を教訓として得るのか。大津波と原発事故で浮き彫りになった数々の落とし穴。


山にしろ海にしろ、自然との向き合い方は「なめるものではない」。

2012年02月22日水曜日 河北新報


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登山歴40年以上のベテランで冬山の経験も豊富だった。八幡平遭難対策委員会捜索救助隊(八捜隊)の副隊長も務めていた。


 捜索に当たった山仲間らによると、○○さんはスキーをしに秋田駒ケ岳周辺を訪れた。田沢湖スキー場のリフト終点からさらに登って滑っていたが、雪庇(せっぴ)から3メートルほど下に転落。吹雪で視界が悪く、道に迷ったとみられる。

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冬山に灼熱の太陽が輝き 衰えぬ不屈の魂が躍動する。

冬山に灼熱の太陽