2012年3月アーカイブ

「趣深山 四国の雪崩」



「趣深山 四国の雪崩」

ブログ「趣深山 四国の雪崩」を開設いたします。

というのは 近頃 この山域の雪山に 雪崩など、 まったく無関心な登山者を よく みかけるようになってきたからです。

多雪地帯では 雪崩遭難事故も 頻発し、 みんなおのずと それなりに 注意するようになるのですが 、穏やかな気候の 四国など 温暖 寡雪地帯での雪崩情報は あまりに数少なく 「まさか四国では 雪崩など」と 思い込み あくまで無雪期の延長で 安易な気持ちのままで、 積雪期の山の危険性を認識することなく そのまま雪山 にはいることに なるのでしょう。

こうした「 無知の至福  」 状態では 雪崩の危険に まったく無防備であるといえます。

ところが 四国でも 過去 雪崩遭難死亡事故が 何件か 発生していますし、毎冬 足しげく山域に通うと、 ときには ヒヤッとすることなど たびたび あります。

剣山(1955)山頂の測候所は 既に廃止・撤去 されましたが 貴重な公式観測記録が残っています。

その剣山山頂(1955)測候所 1970-1990年の公式 降雪記録   (寒候年) を見ると 降雪の深さ 合計で 212~802 cm と 雪崩があって当然の降雪量なのです。


たとえ温暖な四国でも、 積雪の多い山では それなりに 雪崩への警戒をしなくてはならないのです。

拙作「趣深山」サイトでは「温暖な四国でも」 など 四国での雪崩情報をサイト上に公開していましたが、今般 拙作「趣深山」サイトでの 既出の四国雪崩情報を 整理してみました。

サイト上で 情報共有化し、 四国での 過去の事故や雪崩発生事例など、 謙虚に 学び、 雪崩への注意を喚起し、 雪崩への危険感受性を高めていこうという、 姿勢こそが 、とても重要だと思い、自戒をこめて、 本ブログを開設することにいたしました。


雪や雪崩については 全く 不十分な 知識・経験しかない持ちあわせておりませんのに、 このような 「雪崩サイト」を 公開するのは 浅学な身を恥じながら 誠に こころ苦しい ところですが ご海容のほど おねがい いたします。

また 読者皆様の ご情報提供や ご指摘 など など ございましたら ぜひ メール コメント いただければ 幸甚です。

「趣深山」サイトともども 今後とも よろしく ねがいます。

天狗峠 雪崩 平成17年2月13日撮影  



お亀岩避難小屋 雪崩 平成23年2月26日撮影 



2005年12月27日 徳島新聞

徳島新聞 2006年1月26日 の記事もあります。




「雪崩もそう。カナダの基準などがどんどんもちこまれてきて、雪崩は科学的に解明されたという錯覚が生まれつつある。

でもおれはそんなことちっとも思っていないし、わからないことがたくさんある。(槍平の雪崩 もそうですよね。)

 でるかもしれないという予想は成り立つかもしれないけど、このいま雪崩はでないという確証は絶対に手に入らない。 

きょうあたりは大丈夫だろうというのは甘い推測にすぎなくて、甘いか辛いかはいつも結果論。

雪崩に遭へばバカもんといわれ、遭わなければたいしたものんだといわれるだけの話。

結局は推測の域を出ない。 

みんなが行けば怖くない式で、天気はいいしあいつらも行っている、軟弱と見られるのはシャクおれらも行こうよという連中がある一方、いやみんなは行動しているけどおれたちは何がなんでも今日は動かないという信念があるかどうかの違いに過ぎない。」 

柳澤昭夫 氏 『岳人 2008年4月号 備忘録』




2007年12月31日 槍平 遭難事故の 報告書



『愛媛の山と渓谷 中予編』愛媛大学山岳会編1991改訂四版 愛媛文化双書刊行会 
271-272ページ

「なだれ  

 南国の四国に、なだれはもとより、雪が降るとも思っていない人がいるが、
四国の山でも一、五○○メートル以上になると、どんなに雪の少ない年でも深雪に覆われ、なだれの発生を見る。

昭和三十一年三月二十六日、石鎚山に登って、西冠の下に長さ約二○○メートルの全層なだれを発見し、その後、部員 長戸博明君たちの調査で、同程度のなだれが、西冠から 二の森へかけての南斜面に四個所発生していることが認められた。

登山道を横切って、大きな岩石がゴロゴロ転がり、樹木が根こそぎに押し流されていて、なだれの恐ろしさをまざまざと見せつけられた。

 其後、冬の面河道で、部員が表層なだれに押し流されたこともあって、冬は夏道を避けて、上の面河山尾根を通ることにしている。

石鎚山系の雪なだれは、樹木のない、まともに日射を受ける南面の笹原に多いようだが、昭和四十三年の二月には、北面の老之川の奥で、松山商大の山岳部員が訓練中になだれで遭難するといういたましい事故も発生している。

特にその年は なだれが多く、石鎚山系では二十個以上発生したと推定されている。

その時、西冠の西側の尾根からは約七○○メートルもあろうかと思われる大雪なだれが面河本谷まで押し出し、登山路横の谷に臨んだ大きい樹木がたたき切ったように中断されていた。

  なだれは三十五度乃至四十度くらいの斜面で最も多く発生するといわれ、樹木のない笹原が最も危険で、場所は岩壁や尾根の直下から発生しているようである。

時刻は気温の上がった午後に多く、面河道は夏山では快適な登山道だが、冬は最も危険な道である。

愛大小屋の下からはじめて、頂上までの六本の谷はなだれの多発地帯である。  

冬山では山腹のトラバース道は避けて、尾根筋を通り、午前中に行動することが、なだれの危険を防ぐ唯一の方法であろう。

大川嶺のような緩斜面の山でもなだれは見られるので油断は禁物である。」 


『愛媛の山と渓谷 中予編』愛媛大学山岳会編 1991改訂四版 愛媛文化双書刊行会

271-272ページ


剣山 測候所の方が 殉職

1965年3月16日 剣山山系 の 一ノ森(1880) 北斜面 で剣山 測候所の方が 雪崩で遭難し 殉職しました。
今では 測候所は廃止。 遭難碑が 建てられています。



「 山を愛し   気象観測を愛し

                  こよなく  妻子を愛せし    男 ここに眠る

                                                                         新田次郎 」






「剣山測候所職員2人が電話線の修理に行く際,厚さ0.5m幅30mの雪崩に遭い1人が巻き込まれ行方不明.35日ぶりに遺体で発見.」徳島新聞 昭和40年(1965)



すでに廃止され建物も撤去された 旧 剣山測候所





2001年2月14日 石鎚山(1982)



著名山ブームもあり 冬期でも運行するロープーウェ- があり やはり年中 賑わう山だ。



「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版より引用












1997年2月11日 笹ヶ峰(1860)

「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版より引用


アプローチが簡単なので
冬期でも 大勢の登山者で賑わう山である。


『 二十年間に渡って四国の山々を登山してきた経験があり、冬の笹ヶ峰にも頻繁に登っているある登山者は、「あんな なだらかな笹ヶ峰で雪崩が起きるとは思ってもみなかった。」と言う。 』
「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版



夏道 登山道の一部区間が 雪崩の走路と重なっている。






「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版より引用


「通信反射板の着雪状況を調べていた1人が雪崩に巻き込まれて死亡した.標高約1500mにある山小屋の東500m地点.」 愛媛新聞




『ドキュメント 雪崩遭難』 阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版




1 北海道 尻別岳
2 青森県 岩木山
3 八幡平 源太ガ岳
4 北アルプス 唐松岳八方尾根
5 北アルプス 剱岳早月尾根
6 北アルプス 蒲田川左俣谷
7 石鎚山系 笹ヶ峰
8 石鎚山系 石鎚山

8つのうち 2つまで四国を とりあげたのは
温暖な地域でも 雪崩遭難があるという警鐘なのだろう。



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『ドキュメント 雪崩遭難』


『登山者は今までの経験だけで山の天候、積雪状態、雪庇のできる具合を判断しないほうがよいと言える。

同様に、山で培ってきた今までの経験という ものさし だけで、雪崩の危険を判断すべきでない。

気候変動という悠久の時間変化に比べれば、私たちが山で経験している時間は余りに短すぎる。


気候変動に応じた新しい雪崩判断の「ものさし」、科学的な知識と経験で得た知識を融合させた「ものさし」を、登山者は身につける必要があると私は考えている。』  阿部幹雄著

『ドキュメント 雪崩遭難』 阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版

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四国で雪崩

■「温暖な四国だから まあ大丈夫だろう」 という 先入観は 自分勝手な判断 以上に 一番怖い。


実際 温暖な四国でも 雪崩の遭難事故は 

1943年 3月29日 石鎚山 初芽成谷 上部 おたけ沢 1人死亡
1963年 1月14日 高知県 天狗原 高原スキー場 5人救出
1965年 3月16日 一の森 1人死亡
1968年 2月23日 石鎚山 初芽成谷 - 雪瀑間 4人死亡
1997年 2月11日 笹ヶ峰 北面 1人死亡
2001年 2月14日 石鎚山 ニノ鎖 三ノ鎖間 怪我

など 発生している。

羹に懲りて膾を吹く。

雪山は 臆病な方が いい。

臆病なら たとえ悪い判断でも 大事にならずにすむ。
ただし 良い判断のもとになる 貴重な経験をつむのには より多くの時間がかかる。

四国の雪崩事故

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高知県
1963年1月24日 高岡郡 梼原村神の山 畜舎と納屋が全壊し,牛2頭が死亡
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1963年2月1日朝 高岡郡 梼原村井高 裏山からの雪崩で住家2戸合掌が折れて半壊
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1963年1月14日10:30高岡郡 東津野村 天狗高原スキー場

天狗高原スキー場
白雲荘ゲレンデで幅50m長さ4-500mにわたって雪崩があり5人が巻き込まれたが直ちに救助されて無事.


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愛媛県 肱川町
1963年2月6日 早朝 喜多郡 肱川町 県道-雪崩のため県道一ヶ所が不通.

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愛媛県 西条市
1997年2月 愛媛県 西条市 藤之石 笹ケ峰 通信反射板の着雪状況を調べていた1人が雪崩に巻き込まれて凍死した.標高約1500mにある山小屋の東500m地点.10m四方の雪崩.多いところで積雪1.5m
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 愛媛県  小松町
1943年3月29日周桑郡 小松町 石鎚山 おたけ沢石鎚山

松山市の教員(41)が瓶ヶ森から石槌山まで単独でスキー縦走中、おたけ沢(初芽成谷上部)で表層雪崩により滑落・死亡
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愛媛県  小松町
1968年2月23日08:15 周桑郡 小松町 石鎚山 初芽成谷-雪瀑谷間 水晶尾根 石鎚山 登山中の7人パーテイが高さ300m位のところからの長さ約200m幅約30mの雪崩に遭い埋没.3人は自力脱出したが残る4人は行方不明.25日に遺体で発見.


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 徳島県 木屋平村
1965年3月16日  11:00美馬郡 木屋平村 剣山 一ノ森直下 剣山測候所職員2人が電話線の修理に行く際,厚さ0.5m幅30mの雪崩に遭い1人が巻き込まれ行方不明.35日ぶりに遺体で発見.



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3月 雪崩、 山中では 寒気 と 暖気 との 攻め際が 激しくなって


登山道の上にある つららが落下して 橋に激突。(2012年3月3日撮影)
急に暖かくなる この時期 「想定外」のことにも 「想定」して くれぐれも 上部にも 目配りのほど。

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3月「啓蟄」で 里では 春に向かう兆しが出てくる 季節。

だが、この時節 山中では 寒気 と 暖気 との 攻め際が 激しくなって、山の天候は 気温急上昇のあと すぐに 急降下するなど 複雑に大きく変化の 変わりやすい 頃合い となる。

暖かい 雨で 雪解けが 一気に進む場合もあり、一転 冬の風雪に戻り 大雪になったり 湿雪の重雪に泣いたり、 春 爛漫のポカポカ陽気になったり、めまぐるしい変化が 極めて短時間のうちに 次々とおこる。

さっきまで いい天気であったのに すぐに 厳冬期の 猛風雪に逆戻り。その後 一転 高い山でも高温で雪崩の危険、 土砂降りの大雨 でスラッシュ雪崩の危険。

雪だけに 対応すればいいわけでなく ミゾレ、 雨 、何が襲ってくるかわからない 怖さがあるこの時期。読みにくい 天気に 翻弄される。

雪質は刻々変化し 雪面から 様々な情報を 適宜 読みとり 対応しなくてはいけない 難しい時期だ。

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そういえば いまから丁度 40年前の3月を振りかえると。

富士山での 24名死亡の大量山岳遭難が発生した のも 雪崩をおこす 荒れた天候だった。

当時 まだ若い私は ちょうど この富士山の大量山岳遭難の発生の時、 槍ヶ岳 北鎌尾根への 登山中であった。

七倉から 湯俣まで 丸2日かかる 深い湿雪のラッセルにはじまり、その後も 千天出合 P2から 独標 大槍まで ずっと 天候 と 雪に苦しみつづけた。

下の雨が 高い標高で 雪なら まだ マシで、高山でも 雨がふり ミゾレがふり 雪がふり めまぐるしい天候の変化が 短い間隔で おこり その都度 著しく雪質が変わる。

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3月の雪山 雪崩遭難 
1972年3月20日 富士山 計24名死亡
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温暖な四国でも 3月の雪崩遭難は

■1943年3月29日 石鎚山 おたけ沢(初芽成谷上部) 1名死亡
■1965年3月16日 一ノ森 気象関係者 1名死亡。

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2012年3月3日の山行でも 朝の雪面と 昼からの雪面は 大きく変わってしまった。

あらゆる積雪状況に対応して 適確に 判断するのは そう簡単なことではではない。

この3月 本当に 難しい時期なので 無理のない範囲内での慎重な行動が要求される。


冬から春へ 季節のうつろいは 急である。
3月 心ゆったり 無理のない行程で 山へ向かいたいものだ。

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参考までに 
中部山岳方面で 3月の 雪崩遭難事故の主だったものは

1957年3月12日 白馬鑓 4名死亡
1962年3月18日 八方尾根黒菱 3名死亡
1964年3月20日 釜トン出口 3名死亡
1964年3月20日 北穂 滝谷 2名死亡
1965年3月12日 横尾本谷 7名死亡
1966年3月18日 奥又白谷 4名死亡
1969年3月17日 硫黄岳 5名死亡
1980年3月22日 槍ヶ岳 北鎌P8 4名死亡
2000年3月27日 笠ヶ岳 穴毛谷 2名死亡


1974年3月18日 白馬主稜末端 5名死亡
1974年3月23-25日 鹿島槍 計9名死亡
1975年3月22日 白馬猿倉長走沢 2名死亡
1975年3月22日 遠見尾根 1名死亡
1976年3月21日 烏帽子岳 ブナ立 1名死亡
1976年3月24日 針ノ木雪渓上部 4名死亡
1996年3月17日 爺ヶ岳扇沢 1名死亡
1982年3月 白馬乗鞍 1名死亡


1960年3月26日 剱岳池ノ谷二俣 2名死亡
1962年3月26日 剱岳池ノ谷二俣 1名死亡
1980年3月22日 奥大日岳 1名死亡
1991年3月 7日 早月尾根カニノハサミ 1名死亡
2000年3月 5日 大日岳 2名死亡(雪庇崩壊)
2011年2月28日 剱岳池ノ谷 1名死亡

1992年3月22日 大天井岳頂上直下 1名死亡
1932年3月29日 常念岳 3名死亡

1975年3月22日 中ア 宝剣岳直下 宝剣沢 7名死亡
1976年3月27日 中ア 千畳敷 3名死亡
1977年3月30日 木曽駒ケ岳将棊頭山 7名死亡
1982年3月21日 中ア 宝剣岳 八丁坂 3名死亡
1990年3月 8日 中ア 檜尾岳 2名死亡

1933年3月16日 東筑摩郡 朝日村古見 船ケ沢・仲股沢 6名死亡
1988年3月 戸狩スキー場 1名死亡
1970年3月 黒岩スキー場(信濃平) 1名死亡


1961年3月28日 八ケ岳 阿弥陀岳 1名死亡
1980年3月1日 八ヶ岳 双子山 大河原峠付近 1名死亡
1982年3月21日 八ヶ岳 12名死亡
1994年3月26日 八ヶ岳赤岳頂上付近 1名死亡

1982年3月22日 仙丈ヶ岳 2名死亡
1982年3月22日 甲斐駒ヶ岳 水晶沢 1名死亡

以上のように 3月は
雪崩などの山岳遭難が続いた。


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2011年2月28日 北日本新聞切り抜きから 
山岳警備隊の精鋭でも 雪崩にまきこまれた。

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