石鎚山の最近のブログ記事




『愛媛の山と渓谷 中予編』愛媛大学山岳会編1991改訂四版 愛媛文化双書刊行会 
271-272ページ

「なだれ  

 南国の四国に、なだれはもとより、雪が降るとも思っていない人がいるが、
四国の山でも一、五○○メートル以上になると、どんなに雪の少ない年でも深雪に覆われ、なだれの発生を見る。

昭和三十一年三月二十六日、石鎚山に登って、西冠の下に長さ約二○○メートルの全層なだれを発見し、その後、部員 長戸博明君たちの調査で、同程度のなだれが、西冠から 二の森へかけての南斜面に四個所発生していることが認められた。

登山道を横切って、大きな岩石がゴロゴロ転がり、樹木が根こそぎに押し流されていて、なだれの恐ろしさをまざまざと見せつけられた。

 其後、冬の面河道で、部員が表層なだれに押し流されたこともあって、冬は夏道を避けて、上の面河山尾根を通ることにしている。

石鎚山系の雪なだれは、樹木のない、まともに日射を受ける南面の笹原に多いようだが、昭和四十三年の二月には、北面の老之川の奥で、松山商大の山岳部員が訓練中になだれで遭難するといういたましい事故も発生している。

特にその年は なだれが多く、石鎚山系では二十個以上発生したと推定されている。

その時、西冠の西側の尾根からは約七○○メートルもあろうかと思われる大雪なだれが面河本谷まで押し出し、登山路横の谷に臨んだ大きい樹木がたたき切ったように中断されていた。

  なだれは三十五度乃至四十度くらいの斜面で最も多く発生するといわれ、樹木のない笹原が最も危険で、場所は岩壁や尾根の直下から発生しているようである。

時刻は気温の上がった午後に多く、面河道は夏山では快適な登山道だが、冬は最も危険な道である。

愛大小屋の下からはじめて、頂上までの六本の谷はなだれの多発地帯である。  

冬山では山腹のトラバース道は避けて、尾根筋を通り、午前中に行動することが、なだれの危険を防ぐ唯一の方法であろう。

大川嶺のような緩斜面の山でもなだれは見られるので油断は禁物である。」 


『愛媛の山と渓谷 中予編』愛媛大学山岳会編 1991改訂四版 愛媛文化双書刊行会

271-272ページ




2001年2月14日 石鎚山(1982)



著名山ブームもあり 冬期でも運行するロープーウェ- があり やはり年中 賑わう山だ。



「ドキュメント 雪崩遭難 」阿部幹雄著 山と溪谷社 2003年2月初版より引用












2011年2月12日(土) 石鎚山 雪崩

「某 山岳会」の記録から 引用

2011年2月12日(土) 
 9:50 二の鎖元→14:00 ロープウェイ成就駅  への下山中 雪崩に遭遇

「....テントを撤収し、装備を整えて下山開始。歩いているうちにますます視界が悪くなり、時々強い風が吹く。不安定な天候の中、樹林帯の中をジグザグに下山していく。完全なホワイトアウト状態ではなく、かすかな視界はあったが、どこが登山道なのかはまったくわからない。地図で確認しながら進んでいく。N尾さんはどっちに進むのか少しでも迷ったら、勘で先に進まずに必ず地図やコンパスで確認し、慎重に判断していく。あの悪天候の中、そうやって行動できることはとても大変なことだと思った。こんなピンチの状況下でのN尾さんの判断力はほんとうにすごいと思った。もしN尾さんがいなかったら間違いなく遭難していたと思う。

そんな悪天候の中、樹林帯をトラバースしながら下山していたところで、なんと雪崩に巻き込まれる。誰かが、「雪崩!!」と叫んだ次の瞬間には、頭上の斜面を雪崩がすごい勢いで流れてきた。最後尾にいたK藤さんと、その前にいた私が雪崩と一緒に斜面を数メートル転がっていく。雪崩と一緒に斜面を転がりながら、背負っているザックが重くて体が仰向けになってしまい、顔が下の方に埋まってしまいそうで怖くて、必死でもがいてうつぶせ状態になった。雪が体に被さって足は重くて動かなかったが、顔だけでも出そうと必死で両手でもがいて顔を出す。ああ、助かった!!よかった!!幸い小さな雪崩だったので自力で脱出することができたが、もしもあれが大きな雪崩で、体の上に雪がどんどん被さってしまったら、重くてもうびくりとも動くことができなくなるのかなと思うと、とても怖くなった。

それからは雪崩の恐怖と戦いながらの下山となった。雪崩れそうな箇所にさしかかると怖くてたまらなかった。万が一雪崩れた場合の、ピッケルを雪に刺す制止体制を教えてもらう。なるべく雪崩そうな箇所を避けながら下山していった。相変わらずホワイトアウトで視界が悪く、風が音を立てて吹く。半分は下っただろうか。このあたりからは登ってくる登山者とちらほらすれ違うようになった。登山者とすれ違うたびに、N尾さんが雪崩の危険のことなどを説明する。

途中で引き返しているパーティーもいたが、そのまま登っていく人たちもいた。今、登ってきた人たちのトレースが残っていたので、このトレースをたどって行けば迷わずに下山できる、そう思ってトレースをたどっていくが、相変わらずの吹雪のせいで、10 分もしないうちにトレースは跡形もなく完全に消えてしまう。

このときは雪山の恐ろしさを感じた。それからも下山するパーティーに道を譲ったり譲られたりしながら下山を続けた。もう雪崩の心配はないというあたりまでくるとかなりほっとした。さらに歩き続けていると、ようやくロープウェイの駅が!!上の方は吹雪で大荒れなのにこのあたりまで下りてくると、うそのように風もやみ穏やかになる。ああ、無事生還できた。一同、緊張がほどけてほっとした顔になる。....」

PDFファイル

http://pinnacle-mountain.jp/hp/report/2011/20110211-12-ishiduchiyama.pdf