2020年5月アーカイブ

平成16年(2004年)5月2日 徳島県美馬郡つるぎ町 山中にて撮影 (1993年の遭難者の残置ザック)


獣道のルートをたどって 登っていると なにやら 不思議な 残置物。

これは なんだろう。


2004年5月2日 山日記から
「稜線までの途中 残置された サブザック3個を発見。
風化しているが 中に荷物が しっかり入っている。紛失か、遭難者か、少し不気味な感じがする。写真を撮り そのままにして そっと立ち去る。」

http://shumiyama.web.fc2.com/2004/20040502-kurokasa-yahazu.html

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あとで 調べると

ザックが3人分 残置されているのは 平成5年(1993年) 8月25,26日 道迷い遭難者3人 がヘリコプターで救出されたとき のものと 判明。

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「平成5年(1993年) 8月25日午後四時ごろ、徳島市内のアマチュア無線家から通報-----
徳島県警のヘリ「しらさぎ」が現場に急行して捜索に当たり------
2人を救助したが、一人は霧のため救助できなかった。-----
26日午前7時半から「しらさぎ」を出動させて救助に当たる。」

平成5年(1993年) 8月26日 徳島新聞記事より引用

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いまなら 携帯電話が一般的に普及しているが、当時は アマチュア無線。
でも 確実に 連絡がとれて 救助にいたるなど やはり 無線機の威力はすごい。

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次週 平成16年(2004年)5月8日 同じコースを辿ったとき 残置ザックをチラリとみたが、それ以降 この付近 何度も通っていても わざわざ ヤブかき分けてまで 立ち寄ったこともないまま 経年。

山中では 飯場跡 ワイヤー 滑車 など 昔の林業関係の残置物をよくみかけるのと同様 残置物には とくに 気をかけなくなってしまっいて、ことし 2020年で 発見した記憶自体も 忘れかけていた。

1993年遭難救出時点から すでに27年の星霜をへて 現地では さらに 風化が進んでいるだろう。 (2020年5月31日 記)

道迷い 遭難防止のため 安全な道迷い体験 のすすめ。

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計画準備段階から 道迷いが はじまっている。
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山岳遭難のなかで 一番多いのは 道迷い遭難。

道迷い遭難の潜在的要因になるのは 目的の山・コースの選択・山行計画が自分の体調・体力・技量・実力に 見合っいて 適正なのかどうか。服装・装備携行品・食料・水などの 選択が 適切か などである。

実力不相応の無理な計画や 準備・装備携行品が不十分のままで 山に 向かった場合 「道迷い」遭難にいたる可能性が高まる。

計画準備が適切でないと 本番で道迷いにいたる 背景的な 下ごしらえが すでに できあがっているのだ。

その背景的要因の もとで 実際の山で 道迷い遭難の直接原因になるのは コース不慣れ、コンパス・読図力不足、地形判断能力不足、体力技量不足など、登山に必要な基礎的能力の不足などだ。

道迷いに なったときの 状況が どうだったのか、さらに もうすこし 詳しく 分析してみる。

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道迷いでは いかに 冷静に対応できるか
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そもそも 道迷いは 初心者は もちろん ベテランでも 誰でも ときには おきるもの。

もし 道に迷ってしまった場合 いかに はやく気づき 沈着冷静に すばやく対応できるか どうかが 重大なポイント。

経験豊富な熟練者は あやしいな おかしいなと すぐ気づくので 正規コースへの 復帰もはやい。

熟練者は 低視程 ホワイトアウトなど どんな悪条件のもとでも つねに冷静に 読図力 地形判断力など駆使して ほとんど問題なく 素早く もとのコースに復帰できる。

一方 初心者など 未熟練な登山者は 山中で 道迷いに なれば とかく 頭はパニックになって 見えるもの が 見えない 精神状態に陥る 可能性が高い。

心臓がパクパク 動悸は はやく いきがあがり 頭のなかは 真っ白。

地図 磁石 GPS など 携行していても 気が動転していて うまく活用できず、自分の 通ってきた方向なども まったく わからない。

気持ちは焦るものの、焦れば 焦るほど 視野が狭くなって、周りの状況も 的確に把握できない。

まず 気持ちを 落ち着かせる と より多くのことが 見えきて、 地図磁石 GPSなど いろいろな対応も できるようになるのだが。。。

気が動転したままだと、パニックで 山中を 動き回って 深みに入り 転落・滑落してしまうことつながる。

転落・滑落事故になったケースでも 詳細に分析すると、「道迷い」が遠因になっている場合も考えられ、実際の 道迷い遭難の割合は表面的な数字以上に 大きい。

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気がつかない で いきなり パニック
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道迷いパニックにいたる まえに 道迷いに いかに早く 気づくかが重要で、道に迷っていること自体に 登山者自身 全く 気がつかないのが 一番 危い。

自分は つねに正しい道を進行していると 固く信じて疑わず 確かめもせず 間違えたまま 進行して ついには 崖などで 行き止まって はじめて 道迷い に気づき パニックに陥る。

地図で現在地を たしかめる習慣や コンパスで進行方向を確かめながら 進めば すこしでも おかしいなと 感じること ができるし、昨今は GPSスマホなどで 現在地判定が わかりやすくなっている。

行動中は つねに 現在地 進行方向を 注意する習慣をもち、チョット怪しい なんか変だなと いち はやく道迷い に気づけば、直ちに 修正できる。

が、全く きがつかず とことん深みに入り 突然 道が 崖地などで 行き止まりになると パニックになってしまい いま 通ってきた コースや方向も わからなくなる。

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小豆島 土庄町「迷路のまち」
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香川県 小豆島 土庄町「迷路のまち」。

わざわざ みちまよい しやすい ように 不規則で こみいった 路地が はりめぐわされていて 看板 標識が あまりないので 入り口も出口もわからず、どっちに行くのかわからない 全く 見当もつかず 複雑な 見通しのきかない 狭い路地。

一度入ったら 見通しが きかず、 方向も不明、複雑に曲がり 不規則な分岐を 何度も 行き来しながら なんとか やっと抜け出すことのできる 狭い 街路。

本当に 迷いやすい。

地図 磁石 スマホ GPSなど携行していても できれば 利用せず 他人に 道を聞くことなく徹底的に迷いの体験を実際にしてみて「道迷いパニック」の疑似体験を 何度も経験しておくのは 山での道迷い予行演習として、とても良い精神鍛錬になるかもしれない。

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尾道 大林宣彦監督
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道に 迷って 迷うことで 新たな発見が あるかもしれないという 尾道の街。

映画監督 大林宣彦さん(1938-2020)は ふるさと尾道を 舞台にした映画作品を たくさん 撮っている。

大林さんは 尾道の魅力を紹介する 地元 尾道の観光ガイドパンフレット のなかで尾道のまちを 迷って 迷子になって 歩いてみて くださいと尾道の 道迷い歩きを すすめていた。

迷いながら 歩いてみると 尾道のまちの魅力を 新たにみつけることができて、チョット見た だけでは 気がつきにくい 隠れた まちの魅力に遭遇する チャンスが 尾道には たくさん あふれている という。

この 迷って 迷って 迷い込んでみると また新たな 発見が あるという発想。

簡単そうだが 迷っても パニックにならないよう まずは つねに 心が落ち着いて 視野が広くないと あたらしい 街の魅力に であうことなど できない。

迷うこと自体を 楽しむには やはり 冷静な心と 精神的安定が必須なのだ。

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道迷いパニックを防ぐ 心の安定
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道迷いパニックを防ぐには、まず 心を 落着かせ 精神的に安定させることができるかだ。

精神的安定のため 座学・座禅もいいが 、あらかじめ練習の場で 道迷いを 実体験することは 確かに有効な手法だ。

安全なところで 道に迷う 経験をたくさん積むこと。道迷いで 本当に困った経験。道迷い 修羅場の 経験を数多く 踏むこと。

ただし 実際の 山中で 道迷いを 行うのは どんなに安全対策していても 想定外のことも おきるかもしれないので 大変 危険。

安全を考えれば できれば 予め より 安全な「街」のなかで 迷いの体験を 積みかさねていけば、道迷い の耐性が 多少なりとも 向上する。

動悸が はやくなり 気が焦って 冷静さを失う 経験をすると つぎには 迷って どうしたらいいか つねに 冷静さ を保てるコツが わかってくる。

あせって いると 見えないが 精神的に 心が安定していると いろいろな ものが しっかり見えてきて冷静な判断ができるようになり
数多くの経験を積めば 少々のことでは びくともしない精神的な安定をつねに保てて 腹がすわってくる。


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道迷い体験は 高山・低山・里山は危険 夜間も危険
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有効な 道迷い体験は できれば 安全な山で とおもっていても 高い山は もとより 危険。

たとえ 里山・低山でも 道が入り組んでいて 案外 難しいものだ。

また 夜間の 山中での道迷いは 難易度が さらに高くなり 大変危険。

街路灯のない街では 夜間は 迷いやすいうえに みえない水路への転落 交通事故 防犯の問題など 危険性が グッと高くなり、できれば まずは陽のあるうちに 安全な 道迷い体験したい。

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道迷い 体験に適した 「迷路のまち」
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京都のまちは 碁盤目状の規則正しい街路があり、賀茂川が南北にながれていて、迷うときは 冷静に 周りをみわたしたら 三方に 山あり南だけが 開けていて 方向感覚がとても つかみやすい。

安全な 「道迷い体験」は土地勘がある場所ではなく できれば 土地勘のない しらない複雑な街のほうがいい。

方向感覚 地理感覚 土地勘など まったく ない しらないところで スマホ 地図なし 看板標識を まったく 見ないで 複雑な街路のまちを 歩いてみて 意図的に 道に迷うようにするのが効果的だ。

練習のための迷路の歩きの 条件に 適しているのは小豆島土庄町のような 「迷路のまち」 のような複雑な路地のところ。

まよいやすい 迷路のようなところで 迷いの体験を 安全にしておくことで 地図 磁石を 見ずに 人にも聞かず自力でもと来たところに無事帰着できるよう 迷路の街で訓練を積んでみる。

このようなところで まず迷ってみて はやく冷静になれるよう、はやく 道迷いに 気付けるよう、迷う前の もとに戻れるような安定した精神状態になるような 練習 を何度も 積み重ねていけば 間違いなく 山中での道迷い 本番の場面でも訓練の成果は生きてパニックにならず すこしでも 冷静さを 保てるように なるのでは ないだろうか。

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震度6や震度7の震度体験のように
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防災展示場などの震度体験車で 震度6や震度7の震度体験を あらかじめ経験しておくと いざ本番の大地震のときに 役に立つという。

同様に 道迷い パニック防止の為の「安全な 道迷い体験」は きっと いざ 道迷い というときに 役に立つと思う。

自粛解除後の基本的なガイドライン(指針)

新型コロナウィルス感染症は まだまだ油断は できませんが やや収まってきて、緊急事態宣言は全国的に解除されました。

それをうけて 山岳関係四団体による 感染症対策 基本的なガイドライン(指針)が発表され 登山再開が できるようになりました。

また山岳医療救助機構 代表 大城和恵氏から 「登山再開に向けた知識 登山実践 編」「登山再開に向けた知識 計画と準備 編」という感染症対策マニュアルも公表されました。

■「登山再開に向けた知識 登山実践 編」
https://sangakui.jp/data/wp-content/uploads/tozan_knowledge_practical0524s.pdf

■「登山再開に向けた知識 計画と準備 編」
https://sangakui.jp/data/wp-content/uploads/tozan_knowledge_covid19_prepplan_ver.1URLQR.pdf

「登山には、これまでの遭難形態に加え、感染のリスクが増えました。
登山における行動規範は、正しい知識を基に、良識ある人々のモラルから形成されていくものであると考えています。」大城和恵氏

山岳遭難にくわえて 感染症リスクに対応した 登山になっていきます。

コロナとのつきあいは この先も まだ まだ 長く 続きそうで 息切れしないように じっくり と対処 していかなくてはいけません。 

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政府の緊急事態宣言全面解除を受けて
山岳スポーツ愛好者の皆様へ

 本日(令和2年5月25日)、政府は新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の全面解除を発表しました。国民、そして山岳スポーツ愛好者にとっては待ちに待った宣言解除です。山岳スポーツ自粛をお願いしてまいりました山岳四団体として、自粛要請の重要性をご理解いただき、ご協力くださいました皆様に厚く御礼申し上げます。
 自粛解除後の山岳スポーツ再開にむけて基本的なガイドライン(指針)を下記に示しました。より詳細なガイドラインにつきましては自治体、所属の山岳団体、山岳会等のガイドラインを参考にしてください。ガイドライン遵守は、山岳救助関係者、医療関係者、山域圏内の住民、そして山岳スポーツ仲間への相互感染を防ぎ、予想される第二次感染症拡大防止に貢献します。
 全面解除を受けてもコロナウイルス感染の危機は常に存在します。
 引き続き皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

「自粛」要請解除後の登山・スポーツクライミング活動ガイドライン
感染させない、感染しないために

1. 近距離(100km圏内程度)でできるだけ都道府県を跨がない日帰り登山から始めましょう。

2. 体調不良(平熱を超える発熱、悪寒、倦怠感、息苦しさ、咳等)での登山は止めましょう。入山後にコロナ感染発症すると命に関わり、救助隊、収容先地元医療機関に多大の迷惑を及ぼします。

3. 登山は、少人数で行いましょう。(パーティーは、当面5名以内で。)

4. 自粛期間中、季節や地震による山容の変化、登山道の荒廃など思わぬ危険が潜んでいます。十分な登山ルートの下調べと地図、コンパスの持参、登山届けは必ず提出し、家族にも残しましょう。

5. 登山中でもマスクを着用しましょう。マスク着用時は、熱中症及び脱水には十分留意し、こまめに水分摂取を心がけましょう。

6. 登山、クライミングジムでのソーシャルディスタンスを守りましょう。
一般的には2メートル前後ですが、登山中の場合は、さらに距離が必要と言われています。また、クライミングジムでは建屋構造、利用人数等で制限がありますので、ジムの指針に従って行動してください。
咥くわえロープ、滑り止めなどもジムの方針に従ってください。

7. 登山山域内での買い物や、下山後の呑み会等も地元住民への感染防止の観点から控えてください。食材、飲料、緊急食などは出発前に揃えておきましょう。

8. 自粛中に衰えた筋力、体幹を鍛えましょう

 今回の世界的新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延により、社会構造、経済が大きく変化し、それに対応する新しい生活様式の確立が必要になりました。登山もスポーツクライミングも新しい視点からの活動指針が必要です。
 山岳四団体でも皆様方のご協力を得ながら、安心で安全な山岳スポーツの再興を目指し努力してまいります。
 自粛期間中の皆様のご協力に重ねて厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。

 山岳四団体

公益社団法人 日本山岳・スポーツクライミング協会
https://www.jma-sangaku.or.jp/information/detail.php?res_id=1590528188-568951

日本勤労者山岳連盟
http://www.jwaf.jp/upload/info/478.pdf

公益社団法人 日本山岳会
https://jac1.or.jp/event-list/event-guide/202005268165.html

公益社団法人 日本山岳ガイド協会
http://www.jfmga.com/pdf/sangaku4dantai_seimei-3.pdf

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白籏史朗 (1933-2019)

2019年他界された 山岳写真家 白籏史朗氏。

手元にある 多々の写真集、若い頃の白籏氏の著作本を いま 改めて 見直してみて 白籏氏 の山への熱い 思い・情熱が伝わってきた。

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白籏史朗著 アルパインガイド19『南アルプス北部 白峰・甲斐駒・仙丈』昭和40年4月1日改訂2版 山と溪谷社 1965
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アルパインガイドシリーズは 全国 各地の山々を紹介する 当時 主流の登山ガイドブック。

この本が出版された 1965年当時 北アルプスは すでに開発されていて 営業山小屋も多くあって 大勢の登山者で 賑わっていた。

「戦後のおどろくべき観光ブームによって開発された北アルプスは、奥地までのバス乗り入れでアプローチが短縮され、さらに食事までととのえる山小屋の完備で、余計な荷物もいらず、軽い服装で山頂に立てるようになった。」

一方 その当時の 南アルプスは 北アルプスに比べ 人為的なところが いまだ 少ない 未開な状態であった。

■白籏史朗氏は 本の巻頭の 「登山計画の前に」

「南アルプスについて」のなかで 南アと北アとを比較。

南アルプスの特徴とは

「太古さながらの 静寂、壮大な景観、深くきざまれた山肌の底には未知の渓谷が、淙々として流れをはやめている。千古斧鉞をしらぬ原生林と撩爛たるお花畑。この自然美こそ南アルプスの誇る特徴である。」

と 南アの自然美を 褒め たたえている。

■一方 北アなどに見かける 「遊戯的登山者とその雷同派」には 手厳しい批判。

当時 すでに 開発済で 大勢の登山者で 賑わっていた 北アルプス。

「北アルプスの山稜や山腹をいろどる雪田、雪渓が盛夏にもなお残存するのに比べて南アルプスのそれは、八月に入るとほとんど残らない。-----(略)-----そのうえ、近代アルピニズムにマッチしたロッククライミングのゲレンデが、北アルプスには、槍、穂高連峰、剣、鹿島槍など数多くあるのをみれば、鋸、甲斐駒、白峰のかぎられた山域にしかない南アルプスが、一部の遊戯的登山者とその雷同派からみすてられ、かえりみられなかった理由がわかる。

遊戯的登山者、近ごろはレジャー、バカンスで代表されるこれらの人々も、しょせんはマスコミや観光業者におどらされているにすぎない。一つの山頂から、次の山頂にまでつながる登山者の群れを見に行くだけの人が、はたしてどれだけ深く山を あじわえるのだろうか。バスに乗り、歩いているうちにいつの間にか山頂についたという登山では、どだい無理な はなしである。」

と 辛辣な批判。

■深く 山を あじわえる 南アルプスの登山とは

「奥深く、大きな山、何日分かの食糧と装備の入った重いザックが肩にくいこむ急な前山越え、炎天下の河原歩き、北アルプスでは二三〇〇~二四〇〇メートルの森林限界が、ここでは二七〇〇~二八〇〇メートルにおよんで、木の根、岩角をつたう道は単調である。山稜にとりついてからも、はてしない登りがつづく。だがその一つ一つの峰頭に立ったときのよろこびは、そこにいたるまでの労苦が大きければ 大きいほど、強く はげしい。」

本峰、主峰を のぼるためには 手前の 前衛峰や前山越えからの時代、まず 転付、夜叉神などの峠越えを しなくてはならず 苦労も大きかった。

それでも 本来 登山は 労苦が 大きければ 大きいだけ より喜び あじわえるもの。

古い ガイドブックには あの当時 正々堂々 まっすぐ真摯に 山に 向かいあい 取り組む 白籏氏の姿勢が しっかり あらわれている。

■白籏氏が ガイドブックでいう 南アルプスでの登山とは 本来の 登山の そのものであり より多くの 労苦のすえ やっと あじわえるものであると。

そもそも山登りを 本質的に あじわうには、いかに 苦労して 登る かであって、いかに 楽して 労苦を少なくして 登るようなものではないのだ。

はじめは 一般ルートから登って より難しい ルート やがて バリエーションルートへ むかっていったり、季節も 無雪期から積雪期 厳冬期と条件が さらに厳しい時期に 挑むようになるのも より多くの労苦を求めつづける 登山の本質に 由来したものだろう。

■この本が出版された当時 30歳少しで 年齢的に 一番 バリバリと登山 山岳写真に 取り組んで 血気さかんに 活動していた 白籏氏。

後年 山岳月刊誌の「白籏史朗の人生相談」で 読者のさまざまな悩みに、サラリと円熟味の境地で語るのと くらべたら 辛辣な言葉の節々に 若いパワーの 違いを感じる。

若い頃の 白籏氏の 山にかける情熱や 意気ごみが いかに熱いものだったのか この古いガイドブックの文章の行間からは ダイレクトに強く伝わってくるのだ。

■ざんねん ながら 白籏氏の書かれた ガイドブックの時代の南アルプス と いまの 南アルプスでは 大きく変貌してしまっている。

南アルプスはじめ、さらに全国 各所の山々の多くも もう すでに 「遊戯的登山者とその雷同派」に占拠されているの かもしれない。

■近頃 巷に氾濫する内容の薄い紙ベースの提灯記事、登山WEBサイト・SNSなどに よく見かける軽薄なインターネット情報などは そもそも「遊戯的登山者とその雷同派」むけの情報なのだろう。

それにひきかえ 若い頃の 白籏氏の「山に対する愛と情熱」による出版物は いまでも しっかり 光り輝いていると 痛感する次第だ。

■山を登るだけでも 労苦なのに そのうえに 本業である 大重量のシノゴ 大判写真で撮る プロの山岳写真。

大変な労苦の積み重ね 必死になって取りくんで撮った珠玉の山岳写真。その原動力になったのは 山に対する愛と情熱。

当時は 食えないといわれていたプロの山岳写真家としての道を 自らの 努力で 切り開いていった 白籏氏。白籏氏が 真摯に取り組む 山にかける深い 愛情 思い、山への 熱い情熱。

白籏氏が残された 山岳写真・書籍などから いま 実に貴重な 多くのことを学びとることができ、深く感謝いたしますとともに、心から 御冥福を お祈り申しあげます。合掌。

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アルパインガイド19『南アルプス北部 白峰・甲斐駒・仙丈』
巻末 著者の横顔から

「----とかく"山の写真じゃ食えない"というのが定説であった。そのプロの山岳写真家として至難の道を自ら切り開いて来たパイオニアとしてのファイトと信念には脱帽する。その意味で彼の人生は貴重だと思う。」 山と溪谷社 出版部 村上尚武

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「私たちは山の写真を撮ることを一生の仕事と考えている。

それぞれが情熱をかたむけて自分のライフワークにとりくんでいる。これから山岳写真を志す人たちにしても、おそらくは同じ考えをもっていることと思う。

山岳写真は私たちの山に対する愛と情熱をしめすバロメーターなのである。

どんな場合でも私たちは山を忘れない。そしてそれを、写真を通じて多くの人に理解してもらおうとつとめている。

つまり、山や、山岳写真に対して確固とした考えをもたない人たちが、登山の片手間に写してきたたんなる山の写真と同列に考えてもらっては困るのである。」

『山岳写真入門』白籏史朗著 山と溪谷社 1972年初版

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■五十年以上 まえから 累計千数百日にわたって 徳島県西部の山々に のぼり続けてきました。いまは 交通便利になって 日帰りが主ですが むかしは山中泊が主体でした。

 山域に長期間 通い続けて 素晴らしい山々をめぐる山行を春夏秋冬にわたって 十二分に 堪能することができまました。これも 山間地 山里のみなさまの おかげで あったと 深く感謝しております。ありがとうございました。

ながい間には山間地 山里の様子 その変化など ほんの少し垣間 見る事も できるようにも なりました。

 山里の道中 見かける山村の駐車車両。ここには いつも あの車。あそこには この車。

車を買い替えたかな? いつもの車も 最近、見かけなくなった とか。

連休には かならず 山里の親族のもとに 県外から帰郷している県外ナンバーの車も いつのまにやら 見かけなくなり、盆正月に帰省する県外ナンバー車も めっきり数が減ってしまいました。

秋季の 地区運動会での 地区あげての盛りあがっていた あの当時の賑わいが いまでは本当に とても懐かしいものです。

地区ごとの小学校は ひとつの小中校に統合されてしまいましたが、 統合直後の頃にくらべて いまでは スクールバスに乗車する児童生徒も随分 少なくなっています。

昔に比べ 集落の 空き家・廃屋が やたらふえ、過疎地の基幹産業としての土木会社が多数廃業して、閑散とした資材・機材置き場跡を 数多くみかけます。

新しい墓石が 増えていく 一方で 草むらの茂みの中に埋もれている まだ真新しい墓も 数多くあります。

山間地区の深刻な 過疎・高齢化の進展など 長い間に さまざまな変化を みてとることができました。

■同時に 私のような 「いち登山者」が 山村をみてきたことと 同様に 地元の方のほうからも 私のような 「いち登山者」の車を しっかりと 見てこられてきていたんだなあ ということも徐々に 分かってきました。

登山中 山中で 全く人に で会わないような 人気のない 林道に 車を駐車させていても 林道工事 林業 関係者は もとより、地元の方が様々な 用事で チョクチョク 通っていたりしています。林道脇の取水設備などは 積雪期でも 頻繁に点検されていて、道路脇に 停車している 登山者の車をチラッとみて いたりしているのです。

山里では 見覚えある 知っている車に すれ違うことも 多いのです。

地元駐在所が 登山車用駐車場を点検巡視に来るのは よく見かけることですし、異常天候の後などは 旧役場の支所のかた、土建関係者などが 道路状況の確認を 頻繁に おこなっています。

あるとき 台風直後の山行で 未明 林道が荒れて先に進めず 林道途中に停めて 歩いて山に登ったところ、日中に林道パトロールが行われていて 山岳遭難の可能性のある不審放置車両としてリストアップされてしまい 無事下山後 帰途、駐在所の警察官から 職質をうけたこともありました。

■山里で すれ違った 地元の方と たまに 立ち話してみれば  以前から こちらの 動きを 実によくみられているなと つくづく感じるものです。

こちらは 気がつかなくても 山里では 県外・地域外からの車は目立つものです。

この山域に とくに足繁く 通っていますと 自分は山中では誰にも出会っていないから 人に会わなくて いいなと 思っていても、 すれ違う 車もふくめて 山里では ほかから 入ってくる侵入車・侵入者は 地元のかたに 案外よく見られているのでした。

登山者にとって 誰にも会わない(「ゼロ密」) 山登りだと 思っていても それは 登山者の 独りよがり。

ちょうど 孫悟空が お釈迦様の掌のなかに いるようなものなのです。

■実際 この山域で 山歩きができるというのも 実は 山域の山里の皆様のおかげで 登らしてもらっているだけの ことでしかないことが よくわかりました。

もし 地元の方が いなければ 道路も 林道も 登山道も 全くないところから 山に 登らなくては ならないので 手に負えないぐらい 大変困難な登山ということになるのです。

 地元のかたがたに 大変 お世話になっているからこそ 山域の山々に 登らせてもらっているということを 登山者自身が 認識して まずは 深く感謝の気持ちを 持ちたいものです。

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■「県外からの訪問を「お断り」」

さて いま 全世界的に コロナ嵐が吹き荒れ 日本列島全体で 感染症が 急進展して 新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言対象区域が 日本全国に拡大。

徳島県では いまのところは 感染者数こそ すくないものの、全国知事会長でもある 徳島県知事は、県境を こえての往来、「県外からの訪問 お断り」を 強く おし進めています。

感染症が県外から持ち込まれるのを阻止する こうした徳島県の施策は地方自治体の県知事として県民の健康生命をまもるためのものであり、理解しなければなりません。

「県外からの訪問お断り」の 厳しい県外車排除によって 徳島県出身者の県外からの帰省でさえも いま 強く自粛するよう要請されています。

徳島県内で営業しているパチンコ店への 来店者には 徳島県内在住の「身分証明書提示」を求め 県内住所の確認を徹底することで 徳島県外からの 県内流入を おし止めようとしています。

また「県外からの訪問お断り」によって 徳島県外ナンバー車両をめぐる さまざまなトラブルも 数多く発生していまして 県外ナンバーに乗る徳島県県内在住者の車には「徳島県内在住者ステッカー」が貼られたりしている状況です。

■山村地域の住民の感染症への不安

コロナ嵐による影響は 全国各地の多方面・多分野に及び いま 多くの人々が コロナ禍に 堪えて 苦しんでいます。

コロナ不安がひろがるなか コロナ感染症への医療関係従事者の奮闘、救急体制を維持するため 関係者の必死な取り組みが 日夜 続けられています。

■山里で 山々に響き渡る 救急車のサイレン音を 以前にくらべ いまでは しばしば聞くようになりました。高齢化が進展しているためでしょうか?

山村地域の医療救急体制は きわめて貧弱なもので、高齢化した山村地域の住民の 感染症への不安は とりわけ大きいのです。

もしも 自粛要請を無視した 県外からの無症状感染者が原因で 万がいつにも 静かな山村で 感染症が拡散してしまったとしたら、貧弱な医療救急体制・高齢化の進む山村では きわめて由々しい事態におちいって、長期的に 回復不能のダメージになるかもしれません。

いま徳島県が推進する 県境をこえての 県外・地域外 からの「訪問お断り」は なにより 山村住民の生命・健康を 守って不安をとりのぞく施策でもあります。

■いま 不要不急の 県外車・地域外からの侵入車・侵入者は 山村地域の住民の不安増大の要因になっているのを まずは 自覚すべきです。

「ゼロ密」だと おもっていても 行き帰り 地元の道を走行しているかぎり 山村地域への 県外車の侵入・地域外からの侵入者として 山村地域の住民の不安増大の要因になりえます。

いま 登山者に求められているのは 不安を増大させることではありません。

いま 登山者のなすべきことは 山域の山里の皆様の おかげ で山を登らして もらっているという感謝の気持でもって 山村の皆様の 命と健康を守り、すこしでも不安を取り除くよう 外から 山村を 静かに そっと 見まもってあげること ではないでしょうか。

そのうち いずれまた コロナ嵐が過ぎ去ったあとには スッキリ晴れ わたった青空のもと 正々堂々と 気分良好で 楽しい山登りができるようになるでしょう。

その日が来るまで 私としては この山域での 山行を 控えて しばし 待つことにします。

一日でも早い コロナ禍の終息を願うばかりです。

          2020年5月3日 趣深山


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☆☆ 登山の早期再開に向けて ☆☆
 長野県山岳遭難対策特別アドバイザー 大城和恵(国際山岳医)
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人類が未知のウィルスに対して、被害を最小限にして、免疫を獲得する局面です。社会として、生き延びる時です。この危機を生き残るためには、一人一人が主役です。

自然や山を愛する私たちは、大雨が降れば小降りになるのを待ち、雷が鳴れば低いところに移動し、吹雪けば停滞し、天候の回復を待って登山をしてきました。美しくも厳しい環境の中において、私たちは、常にそこに適応し、その自然環境で生き延びることを繰り返してきました。今は、ウィルスの拡大を抑制し、私たちが抵抗力を獲得する日をじっと待っている時です。
自然の豊かさと怖さを知っている登山者だからこそ、自然の中で生き延びる術と英知を持っていると信じています。

この危機を乗り越える私たちの武器は「忍耐」です!
動かない、という「忍耐」です!         大城和恵(国際山岳医)
https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/sangaku/index.html
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