自分の山歩きの最近のブログ記事


緊急事態宣言が解除され ようやく 山行できる条件が整ってきたので 足慣らしのため 近郊の山に出掛ける。(2020年5月31日)


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■讃州高松 生まれの 小島烏水
石清尾山 峰山公園にある 小島烏水 碑 
作家 近藤信行氏の撰文による解説あり

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「山を讃する文」 日本山岳会初代会長 小島烏水
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昨日の我は今日の我にあらず、今日の我はおそらく明日の我にあらざらむ、而してこれ向上の我なり、いよいよ向上して我を忘れ、程を逐ひて自然に帰る
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碑文は明治36年夏、甲斐信濃の山々を歴訪の途次、台ケ原の旅宿にて書き記した文章の一部。登山を通しての心身の充実があらわれである。
 小島烏水は明治六年、讃州高松の生まれ。横浜商業学校卒業後、横浜正金銀行に勤務。
 そのかたわら青年文学雑誌「文庫」の記者として誌友の先導的役割を果たした。自らも文芸批評、社会的批評を発表。探検時代の山々に輝かしい記録を残して、数々の紀行、山岳研究を執筆。
「日本アルプス」全四巻はその代表的著作。
 明治三十八年、ウォルター・ウェストンの示唆により日本山岳会を創設。機関紙「山岳」の刊行に尽力した。
また山岳の審美的研究は美術研究へと進み「浮世絵と風景画」などの著作につながる。
 大正四年より十一年余、ロサンゼルス分店長、サンフランシスコ支店長として勤務。カスケード、シェラ・ネヴァダの山々に足跡を印した。
昭和二十三年十二月十三日、長逝。みごとな山の巨人であった。
昭和五十年代から六十年代にかけて「小島烏水全集」全十四巻が刊行されている。

作家 近藤信行 撰文 平成二十五年四月十四日
建立者 日本山岳会 第二十三代会長 尾上 昇
   日本山岳会四国支部長尾野益大
   日本山岳会会員等有志


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山を讃する文 小島烏水
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 近来邦人が、いたづらなる夏期講習会、もしくは無意義なるいはゆる「湯治」「海水浴」以外に、種々なる登山の集会を計画し、これに附和するもの漸く多きを致す傾向あるは頗(すこぶ)る吾人の意を獲(え)たり、しかも邦人のやや山岳を識るといふ人も、富士、立山たてやま、白山(はくさん)、御嶽(おんたけ)など、三、四登りやすきを上下したるに過ぎず、その他に至りては、これを睹(み)ること、宛(さなが)ら外国の山岳の如くなるは、遺憾にあらずや。

 例へば東京最近の山岳国といへば、甲斐なるべくして、しかも敢へて峡中に入り、峻山深谿(しゅんざんしんけい)を跋渉(ばっしょう)したるもの幾人かある、今や中央鉄道開通して、その益を享(う)くるもの、塩商米穀商以外に多からずとせば、邦人が鉄道を利用するの道もまた狭いかな、偶(たまた)ま地質家、山林家、植物家らにして、これらの人寰(じんかん)を絶したる山間谿陰に、連日を送りたるものあるは、これを聞かざるにあらずといへども、しかもかくの如きはこれ、漁人海に泛(うか)び、樵夫(しょうふ)山に入ると同じく、その本職即ち然(しか)るのみ、余の言ふところの意はこれに異なり、夏の休暇(サムマア・ヴァケーション)は、衆庶に与へられたる安息日なり、飽食と甘睡(かんすい)とを以て、空耗すべきにあらず、盍(いず)くんぞ自然の大堂に詣でて、造花の威厳を讃せざる、天人間に横(よこた)はれる契点を山なりとすれば、山の天職たるけだし重く、人またこれを閑却するを許さざるなり。

 余今夏、友人紫紅山崎君と峡中に入る、峡中の地たる、東に金峰の大塊あり、北に八ヶ岳火山あり、西に駒ヶ岳の花崗岩(かこうがん)大系あり、余らの計画はこれらの山岳を、次第に巡るに在りて、今や殆(ほとん)どその三の二を遂げたり、而して上下跋渉の間、心胸、豁如(かつじょ)、洞朗、昨日の我は今日の我にあらず、今日の我はおそらく明日の我にあらざらむ、而してこれ向上の我なり、いよいよ向上して我を忘れ、程を逐ひて自然に帰る、想ひ起す、昨八ヶ岳裾野の紫蕊紅葩(しずいこうは)に、半肩を没して佇(たたず)むや、奇雲の夕日を浴ぶるもの、火峰の如く兀々然(こつこつぜん)として天を衝(つ)き、乱焼の焔は、茅萱(ちがや)の葉々を辷(すべ)りて、一泓水(こうすい)の底に聖火を蔵す、富士山その残照の間に、一朶(いちだ)の玉蘭(はもくれん)、紫を吸ひて遠く漂ふごとくなるや、桔梗(ききょう)もまた羞ぢて莟(つぼみ)を垂れんとす、眇(びょう)たる五尺の身、この色に沁み、この火に焼かれて、そこになほ我ありとすれば、そは同化あるのみ、同化の極致は大我あるのみ、その原頭を、馬を牽ひいて過ぎゆく※(「にんべん+倉」)夫(そうふ)を目送するに、影は三丈五丈と延び、大樹の折るる如くして、かの水に落ち、忽焉(こつえん)として聖火に冥合す、彼大幸を知らず、知らざるところ、彼の最も大幸なる所以ゆえんなり、ああ、岳神、大慈大悲、我らに代り、その屹立(きつりつ)を以て、その威厳を以て、その秀色を以て、千古万古天に祈祷しつつあるを知らずや。

 徂徠(そらい)先生その『風流使者記』中に曰く「風流使者訪名山」と。我らは風流使者にあらず、しかも天縁尽きずして、ここに名山を拝するの栄を得、名山が天を讃する如くにして、人間は名山を讃す、また可ならずや。

 駒ヶ岳の麓、台ヶ原の客舎に昼餐を了(おわ)りたる束の間に、禿筆を舐なぶりて偶感を記す、その文を成さざる、冀(こいねがわ)くは我が興の高きを妨ぐるなからむ。

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底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
   1992(平成4)年7月16日第1版発行
   1994(平成6)年5月16日第5刷発行
底本の親本:「小島烏水全集 全十四巻」大修館書店
   1979(昭和54)年9月~1987(昭和62)年9月
青空文庫作成ファイル:
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000027/files/2365_13468.html

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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自粛解除後の基本的なガイドライン(指針)

新型コロナウィルス感染症は まだまだ油断は できませんが やや収まってきて、緊急事態宣言は全国的に解除されました。

それをうけて 山岳関係四団体による 感染症対策 基本的なガイドライン(指針)が発表され 登山再開が できるようになりました。

また山岳医療救助機構 代表 大城和恵氏から 「登山再開に向けた知識 登山実践 編」「登山再開に向けた知識 計画と準備 編」という感染症対策マニュアルも公表されました。

■「登山再開に向けた知識 登山実践 編」
https://sangakui.jp/data/wp-content/uploads/tozan_knowledge_practical0524s.pdf

■「登山再開に向けた知識 計画と準備 編」
https://sangakui.jp/data/wp-content/uploads/tozan_knowledge_covid19_prepplan_ver.1URLQR.pdf

「登山には、これまでの遭難形態に加え、感染のリスクが増えました。
登山における行動規範は、正しい知識を基に、良識ある人々のモラルから形成されていくものであると考えています。」大城和恵氏

山岳遭難にくわえて 感染症リスクに対応した 登山になっていきます。

コロナとのつきあいは この先も まだ まだ 長く 続きそうで 息切れしないように じっくり と対処 していかなくてはいけません。 

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政府の緊急事態宣言全面解除を受けて
山岳スポーツ愛好者の皆様へ

 本日(令和2年5月25日)、政府は新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の全面解除を発表しました。国民、そして山岳スポーツ愛好者にとっては待ちに待った宣言解除です。山岳スポーツ自粛をお願いしてまいりました山岳四団体として、自粛要請の重要性をご理解いただき、ご協力くださいました皆様に厚く御礼申し上げます。
 自粛解除後の山岳スポーツ再開にむけて基本的なガイドライン(指針)を下記に示しました。より詳細なガイドラインにつきましては自治体、所属の山岳団体、山岳会等のガイドラインを参考にしてください。ガイドライン遵守は、山岳救助関係者、医療関係者、山域圏内の住民、そして山岳スポーツ仲間への相互感染を防ぎ、予想される第二次感染症拡大防止に貢献します。
 全面解除を受けてもコロナウイルス感染の危機は常に存在します。
 引き続き皆様のご理解とご協力をお願いいたします。

「自粛」要請解除後の登山・スポーツクライミング活動ガイドライン
感染させない、感染しないために

1. 近距離(100km圏内程度)でできるだけ都道府県を跨がない日帰り登山から始めましょう。

2. 体調不良(平熱を超える発熱、悪寒、倦怠感、息苦しさ、咳等)での登山は止めましょう。入山後にコロナ感染発症すると命に関わり、救助隊、収容先地元医療機関に多大の迷惑を及ぼします。

3. 登山は、少人数で行いましょう。(パーティーは、当面5名以内で。)

4. 自粛期間中、季節や地震による山容の変化、登山道の荒廃など思わぬ危険が潜んでいます。十分な登山ルートの下調べと地図、コンパスの持参、登山届けは必ず提出し、家族にも残しましょう。

5. 登山中でもマスクを着用しましょう。マスク着用時は、熱中症及び脱水には十分留意し、こまめに水分摂取を心がけましょう。

6. 登山、クライミングジムでのソーシャルディスタンスを守りましょう。
一般的には2メートル前後ですが、登山中の場合は、さらに距離が必要と言われています。また、クライミングジムでは建屋構造、利用人数等で制限がありますので、ジムの指針に従って行動してください。
咥くわえロープ、滑り止めなどもジムの方針に従ってください。

7. 登山山域内での買い物や、下山後の呑み会等も地元住民への感染防止の観点から控えてください。食材、飲料、緊急食などは出発前に揃えておきましょう。

8. 自粛中に衰えた筋力、体幹を鍛えましょう

 今回の世界的新型コロナウイルス(COVID-19)の蔓延により、社会構造、経済が大きく変化し、それに対応する新しい生活様式の確立が必要になりました。登山もスポーツクライミングも新しい視点からの活動指針が必要です。
 山岳四団体でも皆様方のご協力を得ながら、安心で安全な山岳スポーツの再興を目指し努力してまいります。
 自粛期間中の皆様のご協力に重ねて厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。

 山岳四団体

公益社団法人 日本山岳・スポーツクライミング協会
https://www.jma-sangaku.or.jp/information/detail.php?res_id=1590528188-568951

日本勤労者山岳連盟
http://www.jwaf.jp/upload/info/478.pdf

公益社団法人 日本山岳会
https://jac1.or.jp/event-list/event-guide/202005268165.html

公益社団法人 日本山岳ガイド協会
http://www.jfmga.com/pdf/sangaku4dantai_seimei-3.pdf

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■五十年以上 まえから 累計千数百日にわたって 徳島県西部の山々に のぼり続けてきました。いまは 交通便利になって 日帰りが主ですが むかしは山中泊が主体でした。

 山域に長期間 通い続けて 素晴らしい山々をめぐる山行を春夏秋冬にわたって 十二分に 堪能することができまました。これも 山間地 山里のみなさまの おかげで あったと 深く感謝しております。ありがとうございました。

ながい間には山間地 山里の様子 その変化など ほんの少し垣間 見る事も できるようにも なりました。

 山里の道中 見かける山村の駐車車両。ここには いつも あの車。あそこには この車。

車を買い替えたかな? いつもの車も 最近、見かけなくなった とか。

連休には かならず 山里の親族のもとに 県外から帰郷している県外ナンバーの車も いつのまにやら 見かけなくなり、盆正月に帰省する県外ナンバー車も めっきり数が減ってしまいました。

秋季の 地区運動会での 地区あげての盛りあがっていた あの当時の賑わいが いまでは本当に とても懐かしいものです。

地区ごとの小学校は ひとつの小中校に統合されてしまいましたが、 統合直後の頃にくらべて いまでは スクールバスに乗車する児童生徒も随分 少なくなっています。

昔に比べ 集落の 空き家・廃屋が やたらふえ、過疎地の基幹産業としての土木会社が多数廃業して、閑散とした資材・機材置き場跡を 数多くみかけます。

新しい墓石が 増えていく 一方で 草むらの茂みの中に埋もれている まだ真新しい墓も 数多くあります。

山間地区の深刻な 過疎・高齢化の進展など 長い間に さまざまな変化を みてとることができました。

■同時に 私のような 「いち登山者」が 山村をみてきたことと 同様に 地元の方のほうからも 私のような 「いち登山者」の車を しっかりと 見てこられてきていたんだなあ ということも徐々に 分かってきました。

登山中 山中で 全く人に で会わないような 人気のない 林道に 車を駐車させていても 林道工事 林業 関係者は もとより、地元の方が様々な 用事で チョクチョク 通っていたりしています。林道脇の取水設備などは 積雪期でも 頻繁に点検されていて、道路脇に 停車している 登山者の車をチラッとみて いたりしているのです。

山里では 見覚えある 知っている車に すれ違うことも 多いのです。

地元駐在所が 登山車用駐車場を点検巡視に来るのは よく見かけることですし、異常天候の後などは 旧役場の支所のかた、土建関係者などが 道路状況の確認を 頻繁に おこなっています。

あるとき 台風直後の山行で 未明 林道が荒れて先に進めず 林道途中に停めて 歩いて山に登ったところ、日中に林道パトロールが行われていて 山岳遭難の可能性のある不審放置車両としてリストアップされてしまい 無事下山後 帰途、駐在所の警察官から 職質をうけたこともありました。

■山里で すれ違った 地元の方と たまに 立ち話してみれば  以前から こちらの 動きを 実によくみられているなと つくづく感じるものです。

こちらは 気がつかなくても 山里では 県外・地域外からの車は目立つものです。

この山域に とくに足繁く 通っていますと 自分は山中では誰にも出会っていないから 人に会わなくて いいなと 思っていても、 すれ違う 車もふくめて 山里では ほかから 入ってくる侵入車・侵入者は 地元のかたに 案外よく見られているのでした。

登山者にとって 誰にも会わない(「ゼロ密」) 山登りだと 思っていても それは 登山者の 独りよがり。

ちょうど 孫悟空が お釈迦様の掌のなかに いるようなものなのです。

■実際 この山域で 山歩きができるというのも 実は 山域の山里の皆様のおかげで 登らしてもらっているだけの ことでしかないことが よくわかりました。

もし 地元の方が いなければ 道路も 林道も 登山道も 全くないところから 山に 登らなくては ならないので 手に負えないぐらい 大変困難な登山ということになるのです。

 地元のかたがたに 大変 お世話になっているからこそ 山域の山々に 登らせてもらっているということを 登山者自身が 認識して まずは 深く感謝の気持ちを 持ちたいものです。

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■「県外からの訪問を「お断り」」

さて いま 全世界的に コロナ嵐が吹き荒れ 日本列島全体で 感染症が 急進展して 新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言対象区域が 日本全国に拡大。

徳島県では いまのところは 感染者数こそ すくないものの、全国知事会長でもある 徳島県知事は、県境を こえての往来、「県外からの訪問 お断り」を 強く おし進めています。

感染症が県外から持ち込まれるのを阻止する こうした徳島県の施策は地方自治体の県知事として県民の健康生命をまもるためのものであり、理解しなければなりません。

「県外からの訪問お断り」の 厳しい県外車排除によって 徳島県出身者の県外からの帰省でさえも いま 強く自粛するよう要請されています。

徳島県内で営業しているパチンコ店への 来店者には 徳島県内在住の「身分証明書提示」を求め 県内住所の確認を徹底することで 徳島県外からの 県内流入を おし止めようとしています。

また「県外からの訪問お断り」によって 徳島県外ナンバー車両をめぐる さまざまなトラブルも 数多く発生していまして 県外ナンバーに乗る徳島県県内在住者の車には「徳島県内在住者ステッカー」が貼られたりしている状況です。

■山村地域の住民の感染症への不安

コロナ嵐による影響は 全国各地の多方面・多分野に及び いま 多くの人々が コロナ禍に 堪えて 苦しんでいます。

コロナ不安がひろがるなか コロナ感染症への医療関係従事者の奮闘、救急体制を維持するため 関係者の必死な取り組みが 日夜 続けられています。

■山里で 山々に響き渡る 救急車のサイレン音を 以前にくらべ いまでは しばしば聞くようになりました。高齢化が進展しているためでしょうか?

山村地域の医療救急体制は きわめて貧弱なもので、高齢化した山村地域の住民の 感染症への不安は とりわけ大きいのです。

もしも 自粛要請を無視した 県外からの無症状感染者が原因で 万がいつにも 静かな山村で 感染症が拡散してしまったとしたら、貧弱な医療救急体制・高齢化の進む山村では きわめて由々しい事態におちいって、長期的に 回復不能のダメージになるかもしれません。

いま徳島県が推進する 県境をこえての 県外・地域外 からの「訪問お断り」は なにより 山村住民の生命・健康を 守って不安をとりのぞく施策でもあります。

■いま 不要不急の 県外車・地域外からの侵入車・侵入者は 山村地域の住民の不安増大の要因になっているのを まずは 自覚すべきです。

「ゼロ密」だと おもっていても 行き帰り 地元の道を走行しているかぎり 山村地域への 県外車の侵入・地域外からの侵入者として 山村地域の住民の不安増大の要因になりえます。

いま 登山者に求められているのは 不安を増大させることではありません。

いま 登山者のなすべきことは 山域の山里の皆様の おかげ で山を登らして もらっているという感謝の気持でもって 山村の皆様の 命と健康を守り、すこしでも不安を取り除くよう 外から 山村を 静かに そっと 見まもってあげること ではないでしょうか。

そのうち いずれまた コロナ嵐が過ぎ去ったあとには スッキリ晴れ わたった青空のもと 正々堂々と 気分良好で 楽しい山登りができるようになるでしょう。

その日が来るまで 私としては この山域での 山行を 控えて しばし 待つことにします。

一日でも早い コロナ禍の終息を願うばかりです。

          2020年5月3日 趣深山


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☆☆ 登山の早期再開に向けて ☆☆
 長野県山岳遭難対策特別アドバイザー 大城和恵(国際山岳医)
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人類が未知のウィルスに対して、被害を最小限にして、免疫を獲得する局面です。社会として、生き延びる時です。この危機を生き残るためには、一人一人が主役です。

自然や山を愛する私たちは、大雨が降れば小降りになるのを待ち、雷が鳴れば低いところに移動し、吹雪けば停滞し、天候の回復を待って登山をしてきました。美しくも厳しい環境の中において、私たちは、常にそこに適応し、その自然環境で生き延びることを繰り返してきました。今は、ウィルスの拡大を抑制し、私たちが抵抗力を獲得する日をじっと待っている時です。
自然の豊かさと怖さを知っている登山者だからこそ、自然の中で生き延びる術と英知を持っていると信じています。

この危機を乗り越える私たちの武器は「忍耐」です!
動かない、という「忍耐」です!         大城和恵(国際山岳医)
https://www.pref.nagano.lg.jp/kankoki/sangaku/index.html
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「定休日」「休業中」でなく 「営業自粛」の看板。
漢字四文字のなかに 営業できない無念さ・悔しさを 感じるとることができる。

いま新型コロナウィルス感染症が急拡大。全国的に緊急事態宣言が出されていていて、いろいろな思いはあっても ここは じっと堪えて コロナ嵐が通り過ぎて感染症の一刻も早い終息を願っている。

日本アルプスの山岳先進県、長野県。
先週末2020年4月24日 長野県知事から「県外から往来自粛」「今は入山しないでください!」と登山自粛が呼びかけられた。


https://www.pref.nagano.lg.jp/hoken-shippei/kenko/kenko/kansensho/joho/documents/20200424oyasumi.pdf

にもかかわらず 2020年4月25日山岳遭難発生。
コロナ対策で超多忙な救助・医療機関に余分な負担をかける結果になってしまった。

「(茅野署)(2020年4月25日)、八ヶ岳連峰阿弥陀岳で男性36歳が、尾根から滑落し、行動ができなくなる山岳遭難が発生し、県警ヘリで救助しました。」
https://www.pref.nagano.lg.jp/police/news24/2004/25.html

長野県警 山岳安全対策課から
「長野県内のほとんどの山域では、コロナウイルス感染拡大の防止の観点から『
自粛』を呼びかけています。春山ならではの魅力はあると思いますが、山はそこから逃げることはありませんので、今一度、ご自身の行動が正しいのか否かを考えて行動してください。」と 厳しい警告。

長野県内の山岳遭難発生状況(週報)
https://www.pref.nagano.lg.jp/police/sangaku/shuho.html

緊急事態宣言下の 大型連休での山岳遭難。

「ご自身の行動が正しいのか否かを考えて行動」

登山者は 他人事でなく あすは我が身かもしれないと しっかり考えて 行動したいものだ。

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【追記 大きな影響】

八ヶ岳の遭難者は 救助後 コロナ感染の 疑いが浮上し遭難救助隊員、ヘリパイロット、整備士 計10人に 大きな影響。

男性はCT検査で新型コロナウイルス感染の疑いが浮上。PCR検査を受け、結果は陰性と判定されたが、陽性の濃厚接触可能性から、ヘリに搭乗した県警山岳遭難救助隊員やパイロット、整備士、別の隊員ら計10人前後が2日間、自宅待機した。

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2020年4月20日 山岳四団体 (日山協 労山 日本山岳会 ガイド協会) から「山岳スポーツ愛好者の皆様へ」という声明がでました。

新型コロナウイルス感染症の蔓延は全世界でおさまる様子もなく、日本列島各地で猛威をふるいながら急展開し、新型インフルエンザ等対策特別措置法による 新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言対象地域が全国に拡大しました。

さまざまな団体から 新型コロナウイルスに対応する方針が出されていますが 2020年4月20日 山岳関連四団体からも 「山岳スポーツ愛好者の皆様へ」という声明が出されました。

山岳団体四団体がすべての登山者を網羅しているわけではありませんが、山岳団体に関係している方はもちろんのこと それ以外の すべての登山者にも この声明は けっして無視できないものとなります。

大型連休を前に すべての登山者が 声明の主旨を理解し いちはやい収束に向けて こころがけて行動することが求められています。

山岳四団体の声明は 以下の通りでです。

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山岳スポーツ愛好者の皆様へ

新型コロナウイルス感染被害は拡大の一途をたどり、ついに緊急事態宣言対象地域が全国に拡大しました。山小屋の従業員を感染から守り、宿泊登山者の3密による相互感染を防ぐため、多くの山小屋やスポーツクライミング施設の閉鎖が相次いでいます。新型コロナウイルスは、潜伏期間が長い、感染しても自覚症状がでない、一度陰性になっても再度陽性反応がでる感染者が多く見られます。このような潜在的感染媒介者には若年・壮年層が多いのも特徴です。

全国民が、外出制限、商業施設の相次ぐ閉鎖あるいは在宅勤務等々、日々逼迫した窮屈な生活を強いられています。このような現況下で、都市を離れ、清浄な空気と自然を求めての登山やクライミング行為は、出先の方々への感染を広め、山岳スポーツ愛好者自身が感染するリスクを高めます。

この緊急事態に対処するには、山岳スポーツを愛する皆様の他者への思いやり、そして何よりご自身の感染防御に専心され、事態の収束を見るまで山岳スポーツ行為を厳に自粛していただきますよう、山岳四団体としてお願いたします。山岳スポーツに係わるすべての皆様の緊急事態宣言へのご理解とご協力で、感染症拡大阻止に寄与し、この未曽有の感染危機が一日も早く収束することを願っております。近々事態が収まり、山で、岩場であるいはクライミング施設で皆様と再びお会いできる日を楽しみにしております。

令和2年4月20日

山岳四団体

公益社団法人日本山岳・スポーツクライミング協会
https://www.jma-sangaku.or.jp/information/detail.php?res_id=1587348826-558505

日本勤労者山岳連盟
http://www.jwaf.jp/upload/info/470.pdf

公益社団法人日本山岳会
https://jac1.or.jp/event-list/event-guide/202004207602.html

公益社団法人日本山岳ガイド協会
http://www.jfmga.com/pdf/sangaku4dantai_seimei.pdf

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新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言

新緑が芽生え始め 絶好の登山時期ですが 日本列島は コロナ嵐が吹き荒れています。

急展開で、新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言対象区域が日本全国に拡大し、四国内でも感染者がどんどん増えて、新型コロナウィルスによる 社会的影響は とても広範囲に ひろがってきています。

もとより「緊急事態宣言」では 不要不急の外出や、県をまたいだ移動などは 自粛要請されていて、たぶん 登山も 不要不急の自粛対象に入るのでしょう。

各地の山小屋なども連休明けまで休業。

山は 感染症と無縁で たいしたことないだろうと 自粛要請を軽視したりして、もしも 道中や 山中で 万が一にも なんらかの事故にでもあったら社会全体へ たいへんな 迷惑をかけることになるし、第一 登山者よりも まずは社会人として、良識ある行動が求められるところです。

ここは こころ静かにして パンデミック コロナ禍が おさまるのを 願いながら 安心して山へ でかけられる日がくるのを しばし 待つことにします。

やっとたどり着いた山頂。

眺望良好の絶頂で過ごす 貴重な至福のひととき。

山頂は 大勢の若い人々で 賑わっていた。

次世代を担う 若人が大勢 山に登ってくれるのは とても嬉しいことだ。

ただ 山頂で 気がかりなことに遭遇した。

多くの若者が 山頂での貴重な限られた時間をスマートホンの操作に没頭していたのである。

山頂での 貴重な至福の時間を どう過ごすか。

 ひとそれぞれ 山への考え、思いも ちがうはずなので、各自が 自由に さまざまに 時間の使い方ができるはずなのだが。。。

多くの若者が山頂で天候良好の素晴らしい眺望を 見ようともせずに 一心不乱に 極小画面の電子端末に拘束されつづけているのは 私には とても惜しい ことだとしか思えなかった。

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「 近くの眺望のいい場所に行って、東の空に一つ二つ星が光り はじめるまで、山と共に 夕映えの中にひたっていることが出来る。

こういう時に、何も考えずに ただ美しさに見蕩れていても いい。

それができれば一番いいかも知れない。

だが何も考えずに山を見ていることは案外難しい。」

『もう登らない山』 串田孫一 1990 恒文社

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GPS、スマホなど いまごろの電子機器は便利なもので うまく使いこなせば 有益な活用ができるものである。

だが 近頃は問題となる事件もあって、プロの将棋・囲碁では 対局中のスマホ使用は厳禁されている。

スマホなどの電子機器を利用した囲碁将棋では 人と人の対局で うまれる醍醐味というか 囲碁将棋本来の面白みが なくなってしまうのである。

おなじく 山でも 電子機器類の使い方を誤ると、山登りの面白さを大きく減じてしまう。

むかし 電子機器の なかった時代には、地図、磁石で読図、ルート判断し 自分でよく考えたすえに 行動し たとえ低視程のホワイトアウトの山でも しっかり確実に山を登っていた。

 低視程の中で読図して 五感を働かし ルートをはずさず、見事に目的地にたどりついた時の達成感は 山登りの達成感の中でも ことさらに大きいものだ。

反対に 低視程のもとで 安易なGPS頼りで行動すれば、目的地についても 達成感は低い。

安易なGPS頼りだと 登山者の読図力・地形判断能力は間違いなく減退してしまう。

乗り物が便利になり 歩く気力も能力も次第に減退するように 人間は 電子機器など 便利なものに接することで いろいろな能力をどんどん 退化させている。

山歩きの面白さを維持し続けるには 本来持っている 人間の能力を いつも使い切るようにしないといけないのではないだろうか。

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「 世界最悪の天候と言われる南アメリカのパタゴニア。
現在ではクライマーたちは町のホテルでパソコンを見つめながらチャンスをうかがうと聞く。精度の高い天気予報が頻繁に発信されるからだ。

25年前、深い森の中から、上空を殺人的な勢いで流れる雲を眺め、薄暗い小屋の中で小さな気圧計を見つめていたころとは、随分と変わってしまった。

ヒマラヤの8000m峰でも、登頂率を高めるため衛星電話をつかい、正確な天候、気温、風速風向などの情報を集めるらしい。

しかし僕は違うスタイルを選びたい。

たとえ登頂に失敗したとしても、氷河に寝ころんで気温の変動を肌で感じながら、稜線の風や雲の動きを観察して、出発するタイミングを見極めたい。判断をするという楽しみを失いたくない。

クライマー、いや人間は 便利といわれるものを使い、何かしらの能力を失い始めているのかもしれない。 」

『アルピニズムと死』山野井泰史 2014 山と溪谷社

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より困難な先鋭的登山を目指し、厳しい登山を突き詰めて実行している 超一流の傑出した登山家だからこそ こうした警鐘がいえ 実行できることなのだろう。

私など このところの山歩きで やたらと電子機器をたくさん持ちたがるのは ただ単に時代に流された平凡な登山者である証拠なのだろう。

正直言って 私には 電子機器を一切持たずに 登山する能力はないが より電子機器依存の傾向を改めていかなくてはとは 常々 思っている。

安易に電子機器に頼らずに行動する。

これが 山歩きを より深く楽しむための 基本中の基本だとおもう。


https://youtu.be/RLmSFwJhB_o

いやしの温泉郷近くにある 菅生谷 第四堰堤。

三嶺に源がある菅生谷川。

三嶺登山の折に 堰堤の流れをみてみると
毎回 流れかた は 異なっていて、二度と同じ 流れが ない。

さまざまな 水の流れに 春夏秋冬の 天気、風、空、大地、木々の植生。動植物の様子などを さまざまに 組み合わせてみれば 山の表情は まさに無限の組み合わせができる。

無限の組み合わせの なかの ほんの すこし しか見ていないのに ややもすれば 山を十分 知った気になり もう 登り尽くしたと はやとちりしてしまう。

が、見れる自然は ごく一部であって 本当に 山の奥深さは とてつもなく 奥ふかく 足繁く 通い続けても山並みは 毎回 違った表情をみせてくれる。

おごることなく 謙虚に山に接するこころを持ち続けていきたい。

「山登りとは 身の丈の範囲で いかに苦労して 山を登るか?」
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1963年 夏 剣山

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楽して登った山ほど 印象は薄く
苦労して登った山こそ 記憶に強く残る
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よくよく ふりかえってみれば 楽して 登った山ほど 後で振り返ってみて 印象は薄い。

苦労して登った山のほうが 記憶に強く焼きついて いまだに印象 強く残っている。

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昭和38年(1963年)夏、 はじめての剣山
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1963年 終点 「滝の宮」

昭和38年(1963年)夏、 はじめての剣山(1955)登山のコースは 穴吹 コリトリ 一の森 剣山 見ノ越 夫婦池 剣橋だった。

穴吹駅からバスに乗り、終点 「滝の宮」から歩いた。

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1963年 コリトリ

その当時の 剣山は まだ 道路がなくて 下のバス終点の集落から コリトリまで 14㎞ えんえんと 歩き アプローチに かなり苦労したが いまは 標高1400m 見ノ越まで 車ではいれるし、登山リフトにも乗ると標高1700mまで いとも 簡単に登れるようになっている。

 道路ができて アプローチが短縮され 楽に山に歩きができるなど 便利になって、 一見 良さそうなのだが。。。

長いアプローチをふくめて 麓から じっくり辿って 山を 楽しむという観点では 交通機関が 便利になってしまうと 山の楽しさの 大事な部分を削いで 失ってしまう危険がでてくる。

昔は 山の道具・装備・衣類なども 低性能で 重たく 冷たく 嵩張ったが 今は高性能で 小さく 軽くて 快適になった。

が ずばり どちらが よかったのか 考えてみれば 悪い装備で 下から長いアプローチをへて 重荷で 苦労して のぼるほうが いまのように楽して登るより もっと もっと 山を楽しめたのではと思う。

良い装備に慣れて くるまで上まで行って 楽をすれば 昔 苦労したのに比べ なにかを 失っている のではないだろうか。

50年以上前の 剣山登山を いま ふりかえると その当時 本当に 苦労して登っただけに 記憶に強く焼きついて いまだに印象 強く残っている。

反対に 数多く 登っていても 楽して 登った 山などは 後で振り返ってみれば 印象は とても薄い。

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1963年 剣山 測候所

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「僕は何も回顧趣味に溺れるわけではない。
近代科学の恩恵にあずかぬことは馬鹿げている。
しかしヴァレリーが、近代の人間の精神的怠慢は科学の発達による、という意味のことを言っていたことを思い出す。
スピードとイージーが容易く手に入る結果われわれはもはや苦労して得ようとはしなくなった。
手軽な翻訳本が出てきたために誰も字引を引き困難して原著に就くものがなくなったようなものである。
精神の滋養となるものはそういう困難の中に存するのだが。」

深田久弥
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つまり 山は苦労して 登れば登るほど 味わい深く 楽しめるものなのだろう。

そういう意味で 四国八十八カ所を 車でスルーとと 回るより じっくり自分の足で 苦労して 歩きとうす 歩き遍路のほうが より印象深い 遍路旅を満喫できるのと よく似ているかも?

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一つ山を登れば また 次の山が 出てくる
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もとより 山のよさなど はじめは なんだか よく わからないのだが 苦労して 山に登っているうちに 山のよさに すこしづつ 気づき 山を味わうこともできるようになる。

山のよさに すこしづつ 気づき はじめると、 山のよさを 求めて また山へ、またひとつ 山に 登れば また 次の 山にと 次々に 苦労して のぼりたくなる。

今回 楽勝ならば 次は もうすこし苦労して 辛勝の山に のぼりたい。

山に のぼれば のぼるほど 次の山が 出てくる。

すこしでも 高い山 少しでも 難しい山。すこしでも難しい時期 難しいルート。雪 氷 岩 沢。

エンドレスに 際限なくひろがっていく 次の山。次の山。次の山。。。。

これは 人間の欲というものだろうか?

そうした人間の どんな欲でも 山は かなえてくれるのだが
人間の欲は 所詮 はかなく 浅く軽薄だ。

それ以上に 山の 奥行きは とてつもなく 深い。

山のよさは 奥深く 人間の欲だけでは どんなに頑張っても そう簡単には 山のよさの すべてを 味わえるものではない。

 短い人生のうちで 登れる山など しょせん 点と線で ごく 小さな範囲内でしかなく ほんとうに ごく限られた 小さな中で 小さく うごめくだけなのだ。

そうしたことが 頭では わかっていても、 それでも 次から次に でてくる 次の山。次の山。

もう とても とても 登りつくす ことなど できないと まずは 観念しなくてはいけない。

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謙虚さ
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だいいち 欲のままに 山に登り 身の丈に合わなければ 山で でくわす リスクは ふえていって 身の危険にさらされ 危ない場面に でくわすことも 多くなってくる。

「次の山」を登りつくしていくと そのうち 謙虚さがなくなり 傲慢さが 目につくようになれば 時には きつい しっぺ返しの 痛い目に あうことも あるかもしれない。

痛い目に あわないようにするには まず 謙虚に 足元をみつめて 自分の身の丈にあうような 山の 登り方を考えてみることが大事だ。

そのさい 流行 とか ほかの人の 動きに 惑わされずに、
ひと それぞれ 山歩きの楽しみ方があるだろう。
ほかの方々は また違った 山ののぼり方が ある ことを 忘れずに!

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「山のぼりとは 身の丈の範囲で いかに苦労して 山を のぼるか?」

結論 自分の山を探す
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どんなに頑張っても 人が登れる山は ごく限られた 小範囲の点と線。

そのなかで せいぜい 山を ながく より深く 楽しむには

「山のぼりとは 身の丈の範囲で いかに苦労して 山を のぼるか?」

を 考えて、 考えて、

 「あせらず、 あわてず、 あなどらず」、

 自分の山を 探して いきたい。


三嶺(1893)山頂近くにある 無人の避難小屋 三嶺ヒュッテ

冬場は出入口が雪に覆われることが多い。


2015年1月17日撮影

冬の三嶺ヒュッテ 出入口 

2015年1月17日 三嶺ヒュッテに立ち寄ると

三嶺ヒュッテの出入口の内開き戸がきちんと締まっていなくて
少し隙間があり 雪が吹き込んでいる

出入口 敷居付近に 氷化した雪片が固まっていて
出入口の戸に 少し隙間が あった 

吹雪の雪の吹込みは凄いもので
ほんのすこしの 隙間でも 容赦なく雪が入り込んでいた。

除雪は時間もかかり 面倒だが
時間をかけて 除雪して中に入り


2015年1月17日撮影

 敷居の氷結部分を取り除き キチンと閉まるようにし 吹きこんだ雪を取り除いた。

内側の パッキンにあったっている 雪片 氷片があって きちんと締まらない状態。


2014年3月15日の写真

内側の パッキンにあったっている 雪片 氷片などを 綺麗に取り除かないと きちんと締まらない。
特に 敷居部分の 氷片に 注意!!


やはり 出入口が埋まっていると 雪の後片付けなど とても時間がかかる。


冬期 避難小屋を利用する 登山者は 戸の開閉にくれぐれも ご注意。


2014年2月16日撮影

冬山登山者が増えてくると 雪国の山小屋のように 雪に埋まらないよう出入口に工夫をこらした 冬期専用の出入口が 必要になるかも?

2015年1月17日 除雪して中にはいり 小屋の中に滞在している ほんの僅かな 時間の間にも
ヒュッテから 出ようとしたら 出入口には もう そこそこの 雪がしっかり溜まってきていた。
風雪時の 吹き溜まりは 本当に凄い、雪庇も発達するはずだ。


冬場の日帰り山行では 時間が貴重だ。
出入口除雪に 時間かけ 風のない 小屋なかで 長居する 時間があるのなら
より長い 時間 山頂などで 冬の風雪 を楽しんだほうが 雪山を より楽しめると 私には思えるのだが。。。


このような場所で 長居するより 山頂などで 風雪に吹かれながら 雪山を楽しむほうが 私には向いている。


2015年1月17日 三嶺山頂
この日は 山頂滞在30分であったが ヒュッテで44分も費やす時間 より長く風雪を楽しんだほうが 冬山を もっと満喫でき ずっと良かったはずだ。
 

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