祖谷の最近のブログ記事


東祖谷 新四国八十八箇所

大正12年(1923)の関東大震災のあと、地震除災や震災復興、その当時 蔓延する疫病の 疫病退散など祈願して 東祖谷名頃から 久保にかけての 祖谷川 右岸左岸の両岸にそって 新四国八十八箇所が設置された。

石碑は 阿波半田から 石工を招き 民家で 滞在してもらって 制作したという。

いくつかの石碑には 昭和11年の年号が刻まれている。

いまは 道路際の場所も あるが 当時 道路のない 山道沿いなどにも設置されているし いまでも道路のないところにも 設置されている。

その昔 大きな石碑の運搬は大変なことで さまざまな工夫をしながら 移動・運搬したが さらに それを 持ち上げるには とても大きな労苦があったようだ。

いま所々に 苔むしている石碑が 路肩に ぽつんと置かれている。

ヤマレコ
https://www.yamareco.com/modules/diary/42886-detail-220683

YAMAP
https://yamap.com/activities/7927576

祖谷街道 開通後 百年。1920年(大正9年)開通

山深い 四国山地の中にあって 平家隠れ里伝説の祖谷地方。

2020年は 池田方面からの交通路 祖谷街道が開通して ちょうど百年。

この間 この祖谷街道が この地域の発展に 果たした役割は とても大きい。

いま 思いおこすと その昔 祖谷トンネルもなく 落合峠 小島峠 見ノ越も 車両は通れず 唯一 出合 経由の祖谷街道だけが 祖谷地方への 交通路だった。

その昔 山登りに 池田 出合経由で祖谷に入ると ともかく 長く狭い道路を延々と運転しなくてはならず 行きも帰りも 時間もかかり とても苦労したが、いまは 道路も改良され とても走りやすくなった。

その狭い 道でも 大正9年開通のときは 「巾3mの大道」の画期的な道だった。

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祖谷街道 1920年(大正9年)に開通

「祖谷川沿いを走る祖谷街道(現在の国道439号、山城東祖谷山線)は池田から出合発電所、西祖谷、落合を経由して久保まで至る祖谷街道として、明治35年から開発され、大正9年に開通した。

これにより交通の利便性が向上し、祖谷地方における物資の流通が盛んとなる一方、かずら橋は その主な役割を終えた。」

落合集落の説明看板から引用

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■祖谷街道ができるまでの交通路

『東祖谷山村に於ける交通の變遷』福井好行(徳島大学)によると
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/3/3/3_3_68/_pdf/-char/en

1 西北方面 水ノ口峠、 落合峠+桟敷峠

落合と加茂山三庄 間 背負運搬人「仲持ち」毎日10人ぐらい。

2 東北方面 見ノ越、小島峠 (菅生、名頃から)

3 土佐方面 京柱峠、谷道峠、躄峠(天狗峠) 荒廃

冬でも 歩いて峠越して 辻 三加茂と 往復するのは とても 苦労し大変。

昔の人は よく歩いたものだと つくづく思う。

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「此様に不便であつた東祖谷山にも、文字通り一新の時が来た。それは故藤川一宮氏の主唱によつて、大正9年完成した県道祖谷街道の開通である。三縄、東、西 祖谷山 三村組合事業として、祖谷川の北岸を「白地の渡し」から久保に至る51km、巾3mの大道を作り、現在では薪炭木材を満載したトラツクがドンドン走り、池田から毎日3回、(7時、9時、後2時半)の往復バスが通つて近代文化流入の便が与えられた。更に昭和7年には、「久保」から奥地「名頃」まで約2kmの林用軌道が設けられ、茲に祖谷川に沿うて村内を東西に走る幹線道路が出来た訳である。」『東祖谷山村に於ける交通の變遷』福井好行(徳島大学)

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私が知る範囲で 昭和40年以降で 祖谷街道で 大きな出来事など

■東祖谷山村 大西の 大崩壊


国土交通省 四国山地砂防事務所のWEBサイトから引用

昭和40年(1965)9月10日、台風23号により、剣山で458ミリを観測するなど山間部で豪雨があり、東祖谷山村大西で がけ崩れが起こり、崩壊土量12万立米、県道決壊300mに及ぶ大崩壊が発生。これを契機に、県道は対岸に移設。

■見ノ越トンネル 1966年 114m

■祖谷トンネル 1974年 4月3日開通 967m

当初は 有料だったが、開通後24年へて 1998年8月1日から無料になった。

昔は 出合 経由の道が 本道だったが 1998年の無料化以降は 大歩危 祖谷トンネル経由が 本流になった。

■京上トンネル 2001年4月20日開通 1023m

通行量が多く 道路混雑しやすい 狭い 京上集落をさけた バイパス。平成13年4月20日開通。

祖谷トンネル より長い 長さでありながら はじめから 無料で開通。この間の 時代の変化を感じる。


国土交通省 道路局WEBサイト から 引用


■龍宮トンネル 2003年 6月18日開通 505m


目がくらむような 断崖絶壁がつづく 「マンプ」と呼ばれる 大岩が 道路上を 覆いかぶさった きわめて危険な箇所を バイパスするトンネル。平成15年6月18日開通。


工事中の龍宮トンネル

■下瀬トンネル 2013年9月7日開通 141m

下瀬で439号の道路が大きく崩壊、全面通行止になり 2007年8月~2008年5月 まで 9ヶ月余りもの あいだ 狭い対岸での迂回路通行が続いた。

平成19年(2007年)8月 大規模な崩壊があった。


路肩が崩れた

岩盤が裂けて 川に落ちた。

 
迂回路は 道幅狭く 屈曲多く せまい うえに 未舗装区間も あって 雪や 雨が降ると 超ドロドロになり とても苦労した。

下瀬トンネルは 崩壊箇所をバイパスして 楽に通過できる。

https://blog.goo.ne.jp/shumiyama/e/b7215b330669cf3105f7f70dfba6b398

http://youtu.be/SCn6cK2fFxU

https://youtu.be/2bnw2z6I02A


IkedaCableNetwark株式会社 池田ケーブルネットワーク様の動画です



■落合2号トンネル 227m (工事中) 2020年5月着工 2021年度完成予定。

当初の落合バイパスは 1号、2号、3号トンネルの 3本のトンネル計画だったが その後 3つトンネル のうち  1号は「下瀬トンネル」となり後に開通、 2号トンネルは現道の線形改良 拡幅開削に変更になり、トンネルは 計2本になり、当初計画の 3号トンネルが改めて「2号トンネル」(仮称)に なった。


当初の落合バイパス計画 トンネル3本

(仮称)「2号トンネル」は のちに トンネルの正式名がつくはずだが

京柱峠を越えた 国道439号の高知県大豊町には すでに同様の名前の「落合バイパス トンネル」が すでにあり さて正式に どんな名称に なるか気になるところだ。

「落合2号トンネル」工事中

落合 バイパス 1号 2号 トンネル
https://youtu.be/x3YH3y_5T4Y


IkedaCableNetwark株式会社 池田ケーブルネットワーク様の動画です

■京柱トンネル 未定


着工など 全く 未定です。

おそらく 大豊町に結ぶトンネルは かなり先の将来の ことになるでしょう。

■京田トンネル 276m(工事中) 山城東祖谷山線

国道32号祖谷口から出合方面へ 山城東祖谷山線に入ってすぐ
大きく屈曲した現道を ショートカットする京田トンネル。

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【参考文献】

阿波学会 研究紀要
https://library.tokushima-ec.ed.jp//digital/webkiyou/18/1819.htm

https://library.tokushima-ec.ed.jp//digital/webkiyou/k_list.htm

「東祖谷山村における交通路の変遷」 福井好行
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/3/3/3_3_68/_pdf/-char/en

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2013年1月 撮影

■徳島県 三好市 東祖谷 (旧 東祖谷山村)

厳しい 風雪に耐える 案山子。
案山子の里 名頃 平成25年1月撮影。
案山子製作者Aさんは それぞれの案山子に かつて集落に暮らしていた人や亡くなった家族をモデルにして その人を思い起こしながら 案山子をつくっているという。


 2006年 東祖谷山村など4町2村が合併し 三好市になった 当初 名頃地区は93名だったのが いまでは激減。
2013年(平成25年1月現在) 25世帯 51人の住民。

案山子には 山里の 多くの思い出が こめられている。


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■大正九年(1920)~平成二十二年(2010)までの 旧 東祖谷山村(現在 三好市東祖谷)の人口推移

ピークの昭和30年国勢調査で人口は 8974人。以降 急減。平成22年調査で 1627人

 山里の集落が大いに 賑わったのは昭和三十年代頃なのだろうか

祖谷川 最上部に 昭和36年完成した名頃ダム。
昭和35年頃 ダム建設工事中は多くの建設従事者などで 祖谷川 再奥の集落名頃地区は大いに賑わっていたとか。

勿論そのころは 林業が山里の基幹産業。盛んな林業の うえに ダムの建設もかさなり とても活気があったという。

■ダム建設から 半世紀過ぎて その間 林業が 衰退して 近頃では 全国的に どこの山間地でも 地域の雇用を支える 主力産業は 土木建設業になっていった。

 全国の例と同じく この 四国山地の 奥深い山の中の三好市東祖谷(旧 東祖谷山村)では  林業が衰退し いまでは 数少ない地元の雇用を 土建業が になっているのが現状だ。

■土木工事でも 「京上トンネル」のような超大型工事は全国大手業者。

現在施工中の「下瀬トンネル」などの大型工事は徳島県内 特Aランク業者。

そのほかの  地域の、治山・治水・砂防・道路・河川などの ほとんどの土木工事を 東祖谷の地元建設業者がにない、衰退した林業にかわって
地域の産業雇用を支えてきた。

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東祖谷 土木工事 Aランク業者(徳島県)赤印 


■その地元 東祖谷 土木工事 Aランク業者(徳島県)が ここにきて 異変。

2012年 旧東祖谷山村内での 徳島県土木Aランク業者は10社。
(他に 規模のぐっと小さいBランク2社、Cランク3社)

だが 昨2012年11月「N1建設」、2013年2月「N2建設」、の東祖谷の土木Aランク業者(ともに名頃地区)2社が破綻。

長年続いた 公共土木工事の減少、地方経済の低迷が破産の要因らしい。

■ 破綻した2社の建設従事職員数は 計25名。2社の年間完成工事高は合計約4億円。

名頃集落で住人は51人。 2社25人分の雇用が失われる。

山間地の高齢者割合は高く、他地区から勤務していた方 他地区へ勤務する人を かりに勘案しても 居住人口の半分を占める雇用先が無くなってしまうのは とても深刻な事態だ。

林業の衰退に続いて 建設産業も衰退という ダブルパンチ。

林道を つくっても 林道沿いの間伐 枝打でさえ 行われないほど 衰退した林業の現状では 不要不急の いらぬ林道工事など無理に建設することなど
いまさら 財政的にもできない。

林道を つくることだけに意義があり、林業に けっして使われない林道をつくることなど できる時代ではない。

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■このところ 旧 東祖谷山村内で やたら目につくのは間伐 枝打ちなど 手入れの なされない 放置林のほか、真新しい墓石、耕作放棄地、廃屋など、など。。。

児童数 減少で 名頃、菅生、落合、栃の瀬など 各小学校は下瀬の東祖谷小中学校へ統合され 廃校。


■シカよけ柵もあっても、人の数の いったい何倍もの数のシカが いるのだろうか?

人里から山稜まで おびただしい数のシカが増殖し とかく野生動物が跋扈しているのは 野生動物とはいえ かれらも人間の活動との関わりのなかで増減しているだけのこと。

もとをただせば、豊かな森を 拡大造林・皆伐・そして林価低迷で 再造林放棄、 まったく手入れせずに放置林にしてしまった人間の過去の罪業が、奥山の自然を荒らして、山域の林業を衰退させ 山里を苦境に陥れ さらに山村の衰退、 シカの大繁殖になって ブーメランのように跳ね返ってきている。

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■高齢化率が ますます高まっていく 山間地の苦境は 全国的に共通な問題。

補助金で間伐しても 運び出すこともできず 切り捨て間伐。

 豊富な自然や 森林 資源という 目の前にある宝の山が せっかく あるのに 山村の活性化に なんとか生かせないものか。

問題は 複雑で 即効の特効薬などあるはずもない。

こうした 袋小路につまり とかく 苦しい時ほど 人間は目先の問題に目が向きやすく、近視眼的な見方で 物事を見て行動してしまい、「木見て 山見ず」になりやすいものだ。

目先でない 抜本的な 対策をもって 大局的な 考えをしていかないと いけないと思う。

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長年 この山域を登らしてもらって 栄枯盛衰をみてきた 一登山者の立場として 名頃地区にかぎらず 山域の集落、かつての賑わいが 再び呼び戻ってくることを願うばかりだ。

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名頃から見上げる 三嶺
2013年1月 撮影

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落合小2009年9月20日秋季運動会。

落合小は15名の児童が通学している。
児童在籍数15名(2010.4.1現在)

聞くところによれば、30年くらい前には、約100名いたとか。

そういえば 合併前の 東祖谷山村 村会議員は10名。

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それが 合併して4年後の 2010年4月に行われた三好市議会議員の選挙では旧東祖谷山村地区から 当選した市議会議員は わずか2名。

ポスター掲示板はやたら大きかったが、東祖谷地区からは合併前の10人が 2人に。
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2010年4月3日深淵にて撮影。

時の流れとは こんなに過酷で 急激なものなのか?

「合併しても、多分助けてはくれないでしょう。」
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平成15年 東祖谷山村 村議会での 村長の発言。

「どちらにしても、合併しても、多分助けてはくれないでしょう。東祖谷山村は東祖谷山村、西祖谷山村は西祖谷山村、山城町は山城町、それぞれ地域の人たちが、その意識を持たなければ、多分崩壊の一途をたどって行くだろうと、感じております。ですから助けてくれないのならば、地域の人たちがともに支え合って、行動を起こさざるを得ないだろうと。その意識ずけが本当にこれからの行政として大切なものでないかと思います。」柳本文彦村長
(旧)東祖谷山村 平成15年3月 定例 村議会 
広報 東いや 2003年4月号 (vol 125)

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http://www.youtube.com/watch?v=o3LlboBYtGo

案山子の里 2010年4月17日撮影


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全国的な少子化、バス離れで 田舎は勿論 大都会などでも バスの乗降客は減少し、多くの地域で乗合バス事業はビジネス的に苦しくなっている。ただし 例外は 極めて高い人口稠密地帯でのバス事業で ここでは黒字基調だ。

過疎地でなくても 路線バスが維持できず撤退して 代替の 過疎バス、コミュニティバスが走る地域では バスが小型化したために ときには定員オーバーとなり 積み残しが出るほどの 便も なかには あると聞く。

過疎地の 四国山地では 若年者が急減、人口減少が加速度的に進み、急速に高齢者割合が増えてきていている。 

東祖谷地区の三好市営バスは とりわけ人口の少なく、なおかつ 高齢化比率の高い地区での運行である。

極端に人口の少ない山間僻地で 公共交通サービスとしてバスを運行するのは 市営とはいえ大変で、路線バス 過疎バス スクールバス コミュバス、福祉バス、など 色々な名前がついたバスサービス 様々な手法を組みあわせながらも 苦心して 何とか維持している。

そのおかげで 朝夕の生徒の通学、高齢者が三好市池田の大規模病院へ 週何度かの通院など バスの便は 生活に密着した 貴重な交通機関の役割をはたしている。

だが この先 さらなる 高齢化、少子化の進展など 難問は一杯。

唯一 希望となるのは 剣山 奥祖谷の 観光 登山などで 活性化するかどうか。

登山についていえば剣山 三嶺の縦走などに これまで何度も乗っているのだが  いつも 一人、 二人、三人程度。

もっと 上手く活用でき 利用者増加が期待できそうな 利用促進策ないだろうか。



2010年4月1日からの  東祖谷地区 三好市営バス 時刻表

三好市東祖谷総合支所 三好市東祖谷京上157番地2
TEL.0883-88-2212



運行日程表


池田 大歩危 久保 間は 四国交通 路線バス。
■四国交通 
http://www.yonkoh.co.jp/


2010年(H22年)ぐるっと剣山登山バス

◆「ぐるっと剣山登山バス」◆
2010年(H22年)もGWから運行
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美馬市
美馬市 穴吹 木屋平から
●美馬市 
(旧 木屋平村) バス (穴吹-川上) JR穴吹駅より 旧 木屋平村川上まで運行
時刻表

美馬市 バス
●「滝の宮・剣山線」


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久保まで
● 四国交通 

久保からは

●三好市営
名頃(三嶺)・かずら橋・剣山への接続(三好市・市営)バス


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■つるぎ町貞光
夏期 期間限定で つるぎ町貞光から 運行

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2010年(H22年)ぐるっと剣山登山バス

趣深山ブログ 山域情報編

バス

落合 長岡家住宅

落合 長岡家住宅


長岡家住宅 屋根裏


長岡家住宅 居間

8時30分から17時まで
毎週水曜休み
入場無料

平成22年4月1日 より 公開。 
三好市 教育委員会の方が 説明してくれました。


地図
長岡家住宅付近 道が狭く もし駐車スペースが無い場合
落合公民館駐車場が 公民館前ヘアピンの西側にあります。

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東祖谷 古い民家
木村家
小采家住宅
喜多家
ちいおり

落合集落(国指定重要伝統的建造物群保存地区)

でんけん落合

秘境と平家落合伝説がのこる伝建地区

三好市 伝統的建造物群保存地区保存計画

「三好市「旧東祖谷山村」の民家」 (阿波学会 紀要 第53号)

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奈良女子大 レポート

増井研究室

「増井 正哉 教授」  東祖谷 山間集落についての 研究 
 CiNii(国立情報学研究所)より引用

伝統的集落における景観保全の支援体制に関する研究 : 徳島県三好市東祖谷の山間集落における伝統的建造物を事例として

6001 徳島県落合集落における景観保全システムの変容 : 山間集落における伝統的景観保全システムに関する研究 その1(農村計画)

6002 徳島県落合集落における伝統的景観保全システムの再編 : 山間集落における伝統的景観保全システムに関する研究 その2(農村計画)

6003 徳島県落合集落における民家の修理・修景の課題 : 山間集落における伝統的景観保全システムに関する研究 その3(農村計画)

6004 徳島県落合集落におけるインタープリテーションの検討 : 山間集落における伝統的景観保全システムに関する研究 その4(農村計画)

6005 徳島県東祖谷山村落合集落における景観保全に関する研究 : 伝統的建造物群保存地区申請過程における課題の分析(農村計画)

山間集落における農家住宅の住空間の変容 : 徳島県東祖谷山村落合の事例

徳島県東祖谷山村における生活空間と儀礼のつながりについて : 落合集落における儀礼 その2 婚姻・葬送儀礼(儀礼と場,農村計画)

徳島県東祖谷山村における儀礼と生活空間のつながりについて : 落合集落における儀礼 その1 祭り・盆行事(儀礼と場,農村計画)

徳島県祖谷地方の山間集落における景観保存に関する研究 : その4 民家の復元と変遷(風景と景観,農村計画)

徳島県祖谷地方の山間集落における景観保存に関する研究 : その3 建物外観の変化(風景と景観,農村計画)

徳島県祖谷地方の集落における景観保存に関する研究 : その2 屋敷地形状の変遷(風景と景観,農村計画)

徳島県祖谷地方の山間集落における景観保存に関する研究 : その1 落合集落の概要と石垣の保存状況(風景と景観,農村計画)

6012 徳島県祖谷地方の山間集落における景観保存に関する研究 : その 4 伝統儀礼と空間利用

6011 徳島県祖谷地方の山間集落における景観保存に関する研究 : その 3 民家の復元と変遷

6010 徳島県祖谷地方の山間集落における景観保存に関する研究 : その 2 屋敷地と建物の外観の現状と変遷

6009 徳島県祖谷地方の山間集落における景観保存に関する研究 : その 1 落合集落の概要と石垣の分布と保存状況

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斜面の集落

落合集落 2

落合集落 1

落合 長岡家住宅 その3

落合 長岡家住宅 その2



長岡家住宅 パンフレット 表


長岡家住宅 パンフレット 裏


でんけん 落合 1


でんけん 落合 2

落合 長岡家住宅 その3

落合 長岡家住宅 その1



平家伝説の里 東祖谷落合集落 探訪マップ
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落合集落の概要
屋敷地石垣


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水田の石垣、畑地の石垣
里道


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伝統的建造物


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三所神社

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保存地区全体図
拡大


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斜面の集落

落合集落 2

落合集落 1

落合 長岡家住宅 その2

落合 長岡家住宅 1

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地図拡大
一般国道439号・菅生バイパス 平成22年3月22日(月)開通



概念図



菅生バイパス


菅生大橋


菅生大橋から 祖谷川上流の眺め 砂防堰堤が連続


いやしの温泉?入り口の案内標識 ここの「剣山」が わかりにくい



東祖谷山村 の時代には 考えられなかった大きな 選挙ポスター掲示看板。


1 菅生バイパスの概要
(1)事業名     緊急地方道路整備事業
(2)路線名     一般国道439号
(3)工事箇所    三好市東祖谷菅生
(4)事業開始    平成10年度
(5)延長・幅員    延長L=1.0km、車道3.0m×2車線、全幅8.0m

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平成13年(2001年)京上トンネル開通


平成15年(2003年)竜宮トンネル開通

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平成22年3月27日

落合峠の道路

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落合峠の道路
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県道三加茂東祖谷山線の落合峠

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部分拡大図

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更に拡大

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更に もう一段と拡大

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カシミールでは 最大倍率の16倍。
(平成18年10月14日 トラックログ取得はGarmin GPSmap 60CSx使用)


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徳島県道三加茂東祖谷山線の落合峠から落合へ4km位のところで 国土地理院の地図二万五千分の一では道路の表示が少し かけている。
これは 、まだ道路が 開通前の 測量ということで 道路の進展にあわせて 地図が すぐには改訂されていないだけのことで、 国土地理院地図では よくあることだ。

ただ 昭文社の山と高原地図 「山と高原地図 石鎚・四国剣山 」では この区間 道路を書き込んでいるが、 この区間の道路表示には明らかに誤った記載がある。

この区間 以前から とても気になっていたので、平成18年10月14日 ここを通過して、改めて GPSトラックログで表してみた。

なお 平成18年10月14日 現在 落合峠の南2.2kmの地点で 大規模なのり面の防護工事が行われており、交通規制があります。

徳島県道路防災情報

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落合峠

この道路が 開通する以前の落合峠は 秋のススキなどの時期訪れると 本当に趣のある 良い峠であった。
登山者の立場では 三加茂から延々と歩いても 、不便さを楽しむので苦にならないが、苦労して やっと訪れた この峠で祖谷の谷を眺めると、改めて 大きく感動することができた。

本当に この山域を代表する いい峠だった。

登山者は 矢筈山 烏帽子山などはこの峠の道路開通で 簡単に登れるようになってしまったが、簡単に登ると 感動が薄くなるのは 登山者の贅沢ということかもしれない。

というのも 何年か前に  深淵の高齢の方に 昔の通学で 夜間 峠越えの苦労話など聞いたが、ここで生活するしている祖谷の方々、ことに 深淵などの方々は この旧道を越え 生活 通学していたのだが この峠の道路が出来て 随分便利になったことだろう。

ただ 便利になったのとは反対に  このところ毎年のように 人家の灯りが少なくなり 廃屋が目立ってきている。

平成18年10月14日 夕刻 深淵を通ると 以前灯りがついていた 家も閉まってしまっていて、残る灯りは ほんの僅かだった。


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落合峠避難小屋

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落合峠 1520m

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深淵 旧小学校

今は 公民館。


GoogleEarthとカシミール
徳島県道三加茂東祖谷山線 は祖谷への峠越えコースだ。

東みよし町三加茂から桟敷峠、深淵 、落合峠を経て祖谷へ至る道だが、途中 峠越えなどで、 山の中ばかりクネクネと通り、車の走行にはとても時間がかかる。

が、その反面 四季それぞれの 素晴らしい自然を満喫できる 祖谷への通り道だ。 

ただし 冬場は 落合峠付近が除雪対象外となっていて 冬季閉鎖となり、車では冬季通行不能の厳しいところである。

この区間の GPSトラックログを GoogleEarth と カシミールのカシバードで表示させてみた。


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 GoogleEarth 

 GoogleEarth を使える状態にしてから

 GoogleEarth GPSトラックログ
をクリック
10-20061014-kash-otiai2.jpg
 カシミールのカシバード

徳島道路通行規制情報GoogleMaps API版 

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2006年10月17日 第1版制作
2006年10月25日 更新
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HOME>よもやま話> 落合峠の道路

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久保蔭

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久保蔭
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このところ いやしの温泉郷、 菅生蔭から 久保蔭にかけて歩くことが多い。

以前は 自転車を「いやしの温泉郷」において、 下山後の駐車地点までの帰途は国道439号を自転車で一気に久保まで下っていたが、足繁く通ってくると、以前気がつかなかったところに、大変興味あることが こんなに多いのかと気づくようになった。

山稜を歩くばかりでなく、山の中腹を歩く楽しみというのも、 この山域の重要な面白さの一つになってきたのである。

久保蔭から 祖谷川を隔てて 久保の集落を眺めなが、斜面に拡がる集落を抜けていくのも とても満足できる山歩きのコースなのだ。

この山域の 面白さは 祖谷の谷底 中腹 山稜と 更に広い範囲に拡がってきているのである。

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久保蔭から久保を見る。平成18年9月16日撮影


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久保蔭
2006年9月18日 第1版制作
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菅生蔭

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菅生蔭 

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いやしの温泉郷付近

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三嶺山頂から菅生の いやしの温泉郷へ下ってくると、傾斜地の段々の耕作地に水田があった。

その水田のあった 光景も このところ 一気に変わってしまっている。

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2003年7月26日


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2003年8月2日

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2004年5月22日

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2005年8月6日

この年から 耕作が放棄された。


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2006年9月16日

耕作放棄のあと、土砂が流入している。

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ハゼ
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収穫された耕作物を干すために 使っていた。
2003年7月26日

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2004年5月22日


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2005年8月6日

倒れていた。


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2006年9月16日

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2006年9月16日

草むらのなかに埋もれていた。

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水田の光景

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2004年5月22日

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2006年9月16日

ここも 耕作が放棄されている。

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2006年9月17日 第1版制作
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