2020年4月アーカイブ

石清尾山(232)

石清尾山(232)

コロナ嵐が 全世界 地球規模で吹き荒れています。

日本列島では 感染症緊急事態宣言がでて 山行自粛が呼びかけられています。

ともかく いまは 感染症の嵐が通り過ぎるまで おとなしく しばらく じっと 待つことです。

で 多少の散歩が許される範囲内で 近くの公園へ行ってきました。
登るだけでない 山の楽しみ方があります。

flickr
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ヤマレコ
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YAMAP
https://yamap.com/activities/6131163

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■讃州高松 生まれの 小島烏水

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峰山公園にある 小島烏水 碑 


作家 近藤信行氏の撰文による解説あり

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「山を讃する文」 日本山岳会初代会長 小島烏水
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昨日の我は今日の我にあらず、今日の我はおそらく明日の我にあらざらむ、而してこれ向上の我なり、いよいよ向上して我を忘れ、程を逐ひて自然に帰る
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 碑文は明治36年夏、甲斐信濃の山々を歴訪の途次、台ケ原の旅宿にて書き記した文章の一部。登山を通しての心身の充実があらわれである。
 小島烏水は明治六年、讃州高松の生まれ。横浜商業学校卒業後、横浜正金銀行に勤務。
 そのかたわら青年文学雑誌「文庫」の記者として誌友の先導的役割を果たした。自らも文芸批評、社会的批評を発表。探検時代の山々に輝かしい記録を残して、数々の紀行、山岳研究を執筆。
「日本アルプス」全四巻はその代表的著作。
 明治三十八年、ウォルター・ウェストンの示唆により日本山岳会を創設。機関紙「山岳」の刊行に尽力した。
また山岳の審美的研究は美術研究へと進み「浮世絵と風景画」などの著作につながる。
 大正四年より十一年余、ロサンゼルス分店長、サンフランシスコ支店長として勤務。カスケード、シェラ・ネヴァダの山々に足跡を印した。
昭和二十三年十二月十三日、長逝。みごとな山の巨人であった。
昭和五十年代から六十年代にかけて「小島烏水全集」全十四巻が刊行されている。

作家 近藤信行 撰文 平成二十五年四月十四日
建立者 日本山岳会 第二十三代会長 尾上 昇
   日本山岳会四国支部長尾野益大
   日本山岳会会員等有志


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山を讃する文 小島烏水
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 近来邦人が、いたづらなる夏期講習会、もしくは無意義なるいはゆる「湯治」「海水浴」以外に、種々なる登山の集会を計画し、これに附和するもの漸く多きを致す傾向あるは頗(すこぶ)る吾人の意を獲(え)たり、しかも邦人のやや山岳を識るといふ人も、富士、立山たてやま、白山(はくさん)、御嶽(おんたけ)など、三、四登りやすきを上下したるに過ぎず、その他に至りては、これを睹(み)ること、宛(さなが)ら外国の山岳の如くなるは、遺憾にあらずや。

 例へば東京最近の山岳国といへば、甲斐なるべくして、しかも敢へて峡中に入り、峻山深谿(しゅんざんしんけい)を跋渉(ばっしょう)したるもの幾人かある、今や中央鉄道開通して、その益を享(う)くるもの、塩商米穀商以外に多からずとせば、邦人が鉄道を利用するの道もまた狭いかな、偶(たまた)ま地質家、山林家、植物家らにして、これらの人寰(じんかん)を絶したる山間谿陰に、連日を送りたるものあるは、これを聞かざるにあらずといへども、しかもかくの如きはこれ、漁人海に泛(うか)び、樵夫(しょうふ)山に入ると同じく、その本職即ち然(しか)るのみ、余の言ふところの意はこれに異なり、夏の休暇(サムマア・ヴァケーション)は、衆庶に与へられたる安息日なり、飽食と甘睡(かんすい)とを以て、空耗すべきにあらず、盍(いず)くんぞ自然の大堂に詣でて、造花の威厳を讃せざる、天人間に横(よこた)はれる契点を山なりとすれば、山の天職たるけだし重く、人またこれを閑却するを許さざるなり。

 余今夏、友人紫紅山崎君と峡中に入る、峡中の地たる、東に金峰の大塊あり、北に八ヶ岳火山あり、西に駒ヶ岳の花崗岩(かこうがん)大系あり、余らの計画はこれらの山岳を、次第に巡るに在りて、今や殆(ほとん)どその三の二を遂げたり、而して上下跋渉の間、心胸、豁如(かつじょ)、洞朗、昨日の我は今日の我にあらず、今日の我はおそらく明日の我にあらざらむ、而してこれ向上の我なり、いよいよ向上して我を忘れ、程を逐ひて自然に帰る、想ひ起す、昨八ヶ岳裾野の紫蕊紅葩(しずいこうは)に、半肩を没して佇(たたず)むや、奇雲の夕日を浴ぶるもの、火峰の如く兀々然(こつこつぜん)として天を衝(つ)き、乱焼の焔は、茅萱(ちがや)の葉々を辷(すべ)りて、一泓水(こうすい)の底に聖火を蔵す、富士山その残照の間に、一朶(いちだ)の玉蘭(はもくれん)、紫を吸ひて遠く漂ふごとくなるや、桔梗(ききょう)もまた羞ぢて莟(つぼみ)を垂れんとす、眇(びょう)たる五尺の身、この色に沁み、この火に焼かれて、そこになほ我ありとすれば、そは同化あるのみ、同化の極致は大我あるのみ、その原頭を、馬を牽ひいて過ぎゆく※(「にんべん+倉」)夫(そうふ)を目送するに、影は三丈五丈と延び、大樹の折るる如くして、かの水に落ち、忽焉(こつえん)として聖火に冥合す、彼大幸を知らず、知らざるところ、彼の最も大幸なる所以ゆえんなり、ああ、岳神、大慈大悲、我らに代り、その屹立(きつりつ)を以て、その威厳を以て、その秀色を以て、千古万古天に祈祷しつつあるを知らずや。

 徂徠(そらい)先生その『風流使者記』中に曰く「風流使者訪名山」と。我らは風流使者にあらず、しかも天縁尽きずして、ここに名山を拝するの栄を得、名山が天を讃する如くにして、人間は名山を讃す、また可ならずや。

 駒ヶ岳の麓、台ヶ原の客舎に昼餐を了(おわ)りたる束の間に、禿筆を舐なぶりて偶感を記す、その文を成さざる、冀(こいねがわ)くは我が興の高きを妨ぐるなからむ。

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底本:「山岳紀行文集 日本アルプス」岩波文庫、岩波書店
   1992(平成4)年7月16日第1版発行
   1994(平成6)年5月16日第5刷発行
底本の親本:「小島烏水全集 全十四巻」大修館書店
   1979(昭和54)年9月~1987(昭和62)年9月
青空文庫作成ファイル:
青空文庫
https://www.aozora.gr.jp/cards/000027/files/2365_13468.html

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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令和2年4月4日 三嶺(1893)西熊山(1816)天狗塚(1812)牛の背(1757)

【日時】 2020 令和2年4月4日

【天候】 晴れ

【コース】 菅生 三嶺(1893) 西熊山(1816) 天狗塚(1812) 牛の背(1757) 菅生

【記録】

いやしの温泉郷 発 5:04 -- 林用作業小屋跡 6:24 --- 1791m標高点 7:46 --- 菅生下山口標識 (8:11-8:18) ---三嶺ヒュッテ 8:21 --- 三嶺 (8:36-8:56) --- 西熊山 (10:03-10:21) --- お亀岩 10:39 --- 天狗峠綱附森分岐 11:12 --- 天狗峠西山林道分岐 11:19 --- 天狗塚山頂 (11:38-11:52) --- 牛の背三角点 12:27 ---- 西山林道砂防堰堤 13:41 --- 西山林道天狗塚登山口 14:24 --- いやしの温泉郷 着 16:08


【山頂】

いやしの温泉郷を 星空のなか 出発。すぐに明るくなる。

2日前の雨は 上では雪になったようで 標高1700-1800m の日陰には 残雪が 少しだけチラホラ残る。

■三嶺 8:47 「プラス5.4度 西2m 剣山 次郎笈 天狗塚 見える。」(累計登頂回数 654回)

■西熊山 10:15 「プラス7.2度 南西2m 風弱く 晴れ 三嶺 次郎笈 天狗塚 見える。遠くは少し霞んでいる。」(累計登頂回数 540回)

■天狗塚 11:49 「プラス9.7度 南 4.6m 三嶺 剣山 次郎笈 見える。遠くは霞んでいて 梶ヶ森 本山奥白髪山まで見える。」 (累計登頂回数 625回)

■牛の背 三角点 (累計登頂回数 426回)

山中で 出会ったのは オオタオ 1名。天狗峠 2名。天狗塚山頂 7名。林道1名。計11名。前週に比べ 天候も穏やかだったので 天狗塚付近も賑わっていた。

西山林道 天狗塚登山口 駐車車両 1台。

林道 阿佐名頃線 山腹崩壊箇所の復旧工事は ほんの少し進んでいたが まだ相当かかりそう。

2020 令和2年4月4日現在
累計山行日数 1884日(内 四国 1494日)

【動画】

https://youtu.be/JReyCZEkp3w

【写真】

flickr
https://www.flickr.com/photos/shumiyama/albums/72157713750510226

ヤマレコ
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-2287647.html

YAMAP
https://yamap.com/activities/6006165

【APRS】

2020年4月4日 APRS(Automatic Packet Reporting System)

APRSは 山中の登山者の現在位置を リアルタイムで 地上側で パソコン・スマホのグーグルマップ上にて閲覧でき、山岳遭難対策には きわめて 有効なシステムです。

ただしアマチュア無線家の皆様によって運営されていて アマチュア無線従事者の資格と アマチュア無線局の開局免許が必要となります。
今回も アマチュア無線位置情報システムAPRSネットワークを しっかり使わせていただきまして、多くのアマチュア無線家のみなさんには 大変お世話になり ありがとうございました。


「 JJ5MDM-7 」 アマチュア無線の電波
http://aprs.fi/#!call=a%2FJJ5MDM-7&timerange=86400&tail=86400

アマチュア無線の電波をつかうJJ5MDM-7 
今回 2台とも順調。


「 JJ5MDM-5 」携帯電話網ネット接続環境からスマホアプリ「APRSdroid」使用、今回 順調に作動。
http://aprs.fi/#!call=a%2FJJ5MDM-5&timerange=86400&tail=86400


「 JJ5MDM-7 」と「 JJ5MDM-5 」を 同時に表示
http://aprs.fi/#!mt=roadmap&z=11&call=a%2FJJ5MDM-7%2Ca%2FJJ5MDM-5&timerange=86400&tail=86400/

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【気象】


令和2年4月4日 午前9時 地上天気図


令和2年4月4日 午前9時 500,300hPa高層天気図


令和2年4月4日 午前9時 850,700hPa高層天気図


令和2年4月4日 レーダーアメダス合成値(気象庁発表)過去24時間降水量変化:動画



短期予報解説資料



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